第60話

「ファムータル殿下、雪鈴妃、お帰りなさいませ!」


 いつになく上機嫌に侍女長が出迎える。その視線は、足の怪我のためにファムータルに抱きかかえられている雪鈴に向いていた。


 ――もう妃って呼ばれてる……。

 雪鈴は戸惑うが、侍女が二人来てファムータルの手から雪鈴を預かろうとすると、


「大丈夫。僕が運ぶよ」

 ファムータルは笑顔で言い、雪鈴をそのまま自分の部屋の寝台に下ろす。


「痛いでしょ? すぐに先生が診てくれるから」

 ファムータルが言った通り、すぐに医者が来て雪鈴の足を診始めた。


「これは……何もしなくて大丈夫です」

「ファムータル殿下の魔力が雪鈴妃の御身体にまだ滞留していますので、今夜にでも自然に治るでしょう。


 ですが、念のために化膿止めは打たせていただきます。痛いですが、ご辛抱を」


「大丈夫? 痛かったでしょ?」

 医者が去った後、ファムータルは雪鈴の足をじっと見る。


「大丈夫です。ありがとうございます。

 このくらい……」

 ――比べれば痛くない。


「……?」

 何に比べれば痛くないのだろう。言いかけた雪鈴は自分で首を傾げる。

 ややあって、辛い記憶を丁鳩が封印したことを思い出し、その中のものだろうと結論付けた。


 と、こほんと咳払いが聞こえる。

「雪鈴妃のお部屋は、続き間に準備ができております。

 さ、雪鈴妃を運ばせていただきます」

 侍女長の言葉に、ファムータルは、

「やだ! 今日は一緒に寝る!」


 侍女長は怖いが、ファムータルはここは引けなかった。

「手は出さないから! 横で寝させて!」


「……ファムータル殿下……」

 侍女長は静かに宣告する。

「手をお出しになられたら、雪鈴妃がお亡くなりになりますよ?」

「出しません!」


 侍女長は盛大に溜息をつき、

「雪鈴妃がよろしければ」


「雪鈴! いい?」

「は、はい、殿下……」

 戸惑いつつ答えた雪鈴の唇を、ファムータルは笑顔で人差し指で押さえ、

「婚約したんだからライって呼んで。普通に話して。

 もう家族だよ?」


「……ら、ライ……」

「うん! そうそう!」

 嬉しそうにしながら身体を離し、

「僕、お菓子作ってくる! 明日は挨拶回りだよ!」

 いそいそと厨房へ向かっていった。

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