ファムータルの章 最終節,魔国解放

第59話

6,魔国解放



 魔国の王政は、一度途絶えた。


 元国王は他国の王族を殺害に及び、返り討ちに遭って死んだ。

 二人の王子は他国の王族として迎え入れられ……王族籍には誰も居なくなった。


「またこれか……」


 四年前に隣国の呪王クズに殺害されかかった――否、一度殺害された王子は、今やこのエルベットの王族として平和にすくすくと育っている。


 その兄王子も、魔国での非力さを埋め合わせるように強くなりながら、客員王族として定着している。


 魔国のことなど二人に忘れさせて、自分の手の中で大事に育てていた国王は溜息をつく。


「……どういうことだ……確かに死んだ筈……」


 あの呪王に、大きな犠牲を出しながらも止めを刺し、死亡を確認した。それは間違いない。


 なのに隣国からは、ファムータル王子の四歳の誕生日を皮切りに、ひっきりなしに元国王から書簡が届いている。


 ――我が子。エリシアの形見の王子を返してくれ。王太子、延いては世継はその子だけだ――と。


 昔、エリシアに婚姻を申し入れてきた時の書簡と照合したが、筆跡、王印、全て同じ。

 ――同一人物の書簡……ということだった。


 一年間無視したが、書簡が溜まるばかりだった。


 エルベットの王族の【予見の知】は身内には働かない。

 連日神官長たちとも論議したが、結論が出ず――ついに国王は、十歳の丁鳩と五歳のファムータルに打ち明けた。


「……やだ……やだ……」


 真っ先に、名指しされたファムータルが泣きじゃくり始める。

「こわい……やだ……


 ……いきたく……ない……」


 泣き声の合間に、そう言葉を必死に紡ぐ。


 当たり前だ。

 この子は今も背中に呪いの傷を負い、魔国には恐怖しかない。

 国王たちも魔国のことは悪く聞かせて育てていた。


「大丈夫だ。お前は行かなくていい。


 だから、泣くな。ライ」


 そんな弟の涙を拭い、頭を撫でると、兄王子は国王を部屋の脇に連れて行き、

「俺が行きます。俺はあの国の王太子です。

 ライは、置いていきます」


 その言葉に、国王が返答を迷っていると――


「兄さま……いっちゃうの?」


「――!」


 振り返るといつの間にか、崩れて泣いていた筈の弟が傍に来て、兄の服の裾を掴んでいる。


「……やだ……兄さま……


 ……いかないで……」


 兄にしがみついて泣き始める弟に、必死に「自分が王太子だから」と説得するが、弟は泣き止まない。


 不意に、部屋が静寂に包まれた。

 弟王子が泣くのをやめたのである。


「ぼくも……いきます……」


 結局、心配だからと国王は娘に譲位し、孫の保護者役として付いていくことを決めた。


 だが、王太子丁鳩と第二王子ファムータルが魔国の王都に入った途端。


「どういうことだ……?」

 荒れ果て、封印されたままの王宮本殿の前で前国王は唖然とする。


 二度の使節団派遣では、確かに王宮は復興して元国王が居た――とあった。


 まるで狐につままれたように。


 前国王の記憶の通りの荒れ果て方で、封印されたまま放置された王宮本殿が彼らを出迎えた。


 元国王――呪王も行方知れず。

 生死すら不明になっていた。

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