第58話

もう歩けない。

 足はもう傷だらけだ。このまま放っておけば、獣が血の匂いを嗅ぎつけて食べに来てくれるだろう。


 そう思って座って待っていると、茂みが大きく揺れた。

 自分を終わらせる獣が来たのかと思ったら――現れたのは白い見慣れた人影だった。



◆◇◆◇◆



雪鈴ゆすず、帰ろう!」

 彼が言うなり、雪鈴の身体も巻き上げられ、宙に浮くファムータルの腕の中に収まった。

 「……殿下……?」


 懐から指輪を出すと、有無を言わさず左の小指に嵌め、深く深く口づける。

 長い接吻の後、名残を惜しむように彼女の上唇を嚙んでいる。


 そして――


「ごめんね。僕のせいで……

 でも、もう嫌は言わせない。僕のエゴでもいいから、もう君を放さない。

 誓うよ。護る。僕の全てで――」


 そう言うファムータルの顔は、誕生日の夜より大人びていて、何より雪鈴の言い分など聞いてくれそうになかった。

 言い返せない雪鈴をぎゅっと抱き、高く高く舞い上がる。


「お、今度こそ上手くいったみたいだな」

「レヴィス……記念の写絵はないのか?」

 兄に問われ、丁鳩は笑い、

「今飛んでる二人の姿。あれで充分だろ」


 後日ジュディに尋問したところ、簡単に、丁鳩への恋心と丁鳩が雪鈴に焦がれていて嫉妬したことを白状した。

 死刑にしてくれと言う彼女を、丁鳩はサティラートに預けた。


 異父兄弟二人で、だからいわんこっちゃない、告白しろだの、弟の幸せは壊せないだのの簡単な喧嘩があったが、記録に残されていない。

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