第46話

「淡い黄色は……母様の色だったんだ。そのドレスも母様の形見を直してもらったんだよ」

 実は、鈴華があまりに小柄なので丈直しだけでなく、一から作る方が楽なほどの手間がかかった。


 そこまで小柄なのはきっと――成長期にろくな栄養をもらえなかったからだろう。


「ねえ、鈴華」

 墓地の中、周りの木々に止まった梟をはじめとする鳥以外に見るものは居ない。

 ファムータルはそっと鈴華の手を取り、

「僕の妃になったら、きっと君は苦労する。

 僕は、エルベットでの王位継承の範囲からは外れているけど……魔国の王位についてほしいって人も多いし、もう次の王として扱っている人もいる。


 僕の妃の座を狙う人も多い。……きっと、嫉妬されて、嫌がらせもされると思う。殺される可能性だってある」

 精一杯護るけど、と自信なさげに言う。

「だから、嫌だったら断ってくれていい。

 お妃教育は本当に辛いし、妬みも本当に酷いと思うから。


 でも――今、言わせて」


 懐から取り出した小さな指輪を月光に翳す。

 見慣れたエルベット・ティーズの紋章と、鈴華の紋章が角度を変えるたびに煌めく。

「その淡い黄色を君の色にして、この鈴華の紋章を君の紋にしたい。

 君の正式な名前――ティーズから鈴華への季節を取って、雪鈴ゆすずでどうかな?」


 言いながら、彼女の手を取って指輪を嵌めようとする。

「確かに、婚約しても正式に婚礼を挙げるまでは破棄できる。

 でもそれでも、君が辛い思いをするのに変わりない。


 だから――少しでもためらうなら、保留するなり断るなりして」


 初めて会った時に比べ背も伸び始め、声変わりも始まっていた。

 魔国の医者に成りすました分家の者によって阻害されていた二次性徴が始まっているのだ。

 それも――これまでを取り戻す勢いで。


 彼女の胸は早鐘を打ち、見上げるファムータルの顔を直視できなかった。

 日毎、大人になっていく彼が、今夜はいっそう男性に見える。


 左手を取り、待っている彼に返事をしなくてはいけなかった。


「殿下……ごめんなさい、もう少し時間をいただけますか?」

 彼が全てを懸けて助けてくれた。

 だが――自分で彼に釣り合うのだろうか?

「自分に自信がありません……」

 彼に愛情を返さなくてはと思う。しかし、隣で彼に甘えることしかできない立場でいいのだろうか。


「殿下のことは、大好きです。でも……」

 可愛らしく、自分の手料理を頬張る姿も。

 傷に触れた時に見せる安堵した顔も。

 そして――先ほど見た公人としての彼も。

 全て――愛していると思う。

 しかし――


「……もういいよ。鈴華。

 無理しないで」


 いつの間にか俯いていた顔を上げると、にこにこと微笑むファムータルの笑顔があった。

「もともと僕が強引に愛妻アドアなんて呼んだりしたんだ。

 無理しなくていい」


 言って、そっと額に口づけると、

「待ってる。君の決意がつくまで。

 君が君自身を愛せるまで。


 その時に別の人が心に居たら、僕は諦める。

 でも……」


 ファムータルは、そっと彼女を包み込み、

「お願い、今はこのままで……」

 今彼女が生きている。それを噛み締めるように抱き締めた。

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