第40話

「そりゃあ……まあ……

 お前は妙な薬で成長阻害されてたし?

 早く成長して欲しいと思ってな」


 ファムータルは兄の手に傷があるのに気づき、即座に魔力を込めて撫でて兄の傷を治した。呪いの傷は呪いの魔力を持つ者にしか癒せない。

この兄弟は呪王の血を引く最後の二人で、いつも互いの傷を癒し合ってきた。


そんな兄が手袋を嵌めながら当たり前のように紡いだ言葉が理解できない。


「お前、精通もまだだろ?」


「――…………! ……!」

 顔を真っ赤にして固まる弟の頭をぽんぽんと撫でながら、

「おお、赤くなるだけ元気になってくれて嬉しいぞ。


 あの土気色の顔見た後だとな……」


「……う……」

 ファムータルは暗殺に遭うのが初めてだった。

 

 無邪気すぎる、警戒心が無さすぎると医者に散々説教されている。


「……まだ……人を疑うタイミングが分かりません……」


 兄など、護衛に刺客が入っていれば即座に見抜くし、殺気にも敏い。


「まあ……俺もあのカスの本性見抜けずに、お前の典医にしちまったし……なぁ」

 あいつは巧妙だったんだよ、と言われても、兄に平然と出来ることが自分にできないと、弟は落ち込んでいる。


「そういえば……殺される前に兄様たちが助けてくださいましたが……どうやって分かったんですか?」

「…………ぐ……」


 まさか、お前の持っている写絵にエリシア義母様の魂が宿っていて、俺たちを呼んだ……などど本当のことを言えるわけがない。


「義祖父様が嫌な予感がするって……」


「……?

 エルベット王族の直感は、身内には全然的外れでしょう?」

 だからエリシアがこの国でどういう目に遭うかも考えずに出奔を許してしまった。

 最終的な結末を見れば、決してエリシアを呪王クズと結婚させてはいけなかったのだ。


 実はこの一件は、エルベット国民の間では「エリシア姫を御覧なさい。王族の方々の【予見の知】は、お身内には働かないのよ?」と話す通例となっている。


「実はな……怒ると思って黙ってたが……俺がこっそり魔鏡を仕込んでて、定期的に見てたんだよ」


「え? いつから?」

 青ざめる弟。

 余程恥ずかしいことでもあったのか……。


「赤くなったり青くなったり、元気でよろしい」

 ぽんぽんと頭を撫で、この件は終わりと纏めようとする。

「早く元気になってくれよ。

 お前宛の公務の依頼、溜まってるから」


「……すみません……」


(よし! 流石疑えないお人好し!)

「俺が代わりに行こうとしたら、要らねーってよ。

 俺は嫌われてるからなぁ……」


 背中のクッションを外し、弟を横たえながら、

「お前はこの国の民だけじゃない、俺にとっても希望なんだ。

 俺が影になる。


 お前は光の下を歩け」


「兄様、それどういう……」


 だが兄はファムータルが寝ている寝台から離れ……抱えて戻ってくる。


「……ちょ? にいさま!」


 腕に抱えていたのは、少し離れた寝台で寝ていた彼女だ。


「……な、なに考えて……?」


 疑いもなく彼女をファムータルの横に入れる。


 彼女は少し目を覚ましかけていたが、毛布の中に入れられ頭を撫でられるとそのまま眠りについてしまう。


 ファムータルの身体にぴったりと寄り添って。


「ほら、お前も眠れ」

 ぽんぽんと頭を撫でて平然と兄は言うが、


「眠れるわけないでしょう!」


 色が白いので真っ赤になると面白い。

 そう思いながら、


「精通がきたら危ないけどな。

 お前はまだ安全だよ」


 言って置き去りに部屋を去った。


 ファムータルに精通が来たのは、翌朝だった。

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