ファムータルの章 4,告白

第31話

ファムータルの章 4,告白



「……う……」

 見覚えが薄いようで、見慣れた天井だ。

「ここ……兄様の部屋?」


「ファムータル殿下!」


 汗を拭くための温布巾を落として、抱き締めてくる人影がある。

「……すずか……?」


 安堵のあまり泣き出した彼女をそっと抱き締める。


「鈴華……やっと会えた……」

 既に距離が近いのもあって、気が付いたら頬ずりしていた。

 そのまま口づけようとして、慌てて正気に返って顔を下げる。


 謹慎……解けてないはずだけど……


 鈴華はただ泣きじゃくる。十日以上ファムータルの意識が戻らず、容態の進退の度に彼女は肝を冷やしていたのだ。


 こほん。と遠慮がちに咳払いが聞こえた。


「殿下のご容態の確認をしますので、離れていただけますでしょうか……」


 慌てて離れる彼女を惜し気に見詰める。

「離れないでね。そこから」


 医者の邪魔にならない所へ去ろうとする彼女を引き留めて、また兄の寝台に身体を横たえた。


「どこまで覚えていらっしゃいますか?」


「……え……


 先生が魔酒を持ってきてくれて……たしか、お菓子を少し食べて……」


 ファムータルの記憶はそこまでだった。


「あの者は、以降カスで結構です。

 皆そう呼んでおります」

「え、先生?

 どうして……?」


 医者は丁鳩と合わせたシナリオ通りに説明する。

「あのカスは魔国王家の分家筋の者でした。

 

 王位継承を嘱望されていらした殿下を見当違いに恨み、毒を食べさせ――分家筋に僅かに伝わっていた呪いで殺そうとしたのです。


 ファムータル殿下。貴方を」


 最後の一言を特に強調して言う。


「……え……」

 ファムータルは彼女のほうに目を移し、


「……そうだった……の?」

「お義祖父様の解毒薬で解毒しても、お義兄さまが呪いを払っても、全然起きてくれなくて…………」


 彼女はファムータルの足元に顔を埋めてまた泣き始める。

「……ごめん……覚えてない……」


 見慣れたエルベットの医者二人に視線を戻して、

「あの……僕の身体にあるの……兄様とお祖父様の魔力だよね。

 絶対付与しないって言われてたのに……」


「お命を落とされるところでした。

 故に緊急措置です」


 ファムータルの身体や魔力を調べながら、医者が言う。

「殿下に魔力付与なさって、前国王陛下は魔力を使い切り静養なさっておられます。

 丁鳩殿下は王太子としてのご公務に復帰されました。……魔力は三分の一しかございませんが」


「……!」

 医者の手を払い、起き上がると、

「駄目だ!

 もし兄様が暗殺されかかったら……!」


 丁鳩は暗殺未遂に遭ったことが数知れない。

 ファムータルに良い印象をつけるため、恨みを全て被っていたのである。


「すでに三回、撃退なさっておいでです。

 ファムータル殿下には静養を、と仰せつかっております」


 実際、奴隷市壊滅作戦の事後処理で最近は邸に居たが、兄が普段は顔を見ないくらい早くに出て遅く帰ってくるのは知っている。


「兄様が帰っていらしたら起こして。

 僕はもう大丈夫だから、魔力をお返ししないと……」


「どこが大丈夫ですか?」

 魔法医がわざと攻撃的に軽く魔力をぶつける。


「……ぐ……ご、……」

 思わず自分が吐き出したのが血の塊だと知って、唖然としているファムータルに、

「殿下は抵抗力も弱くていらっしゃるのです。


 ご自覚ください。

 丁鳩殿下の魔力がなくなれば、葬儀を出すしかないのですよ?」


 布巾で拭われた血は解析用の検体として運ばれていった。

 ――兄様の寝台……汚しちゃったな……


「……にいさま……おじいさま……」


 そう呟くと、ファムータルは再び眠りに落ちた。

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