ファムータルの章 3,敵わぬ運命

第21話

ファムータルの章 3,敵わぬ運命



【今度は髪か? お前はどこまで自分を切り売りするんだ?


 ……って、怒鳴りたい気分なんだけどな。

 実のところ、御名で呼ぶのもやめてやろうかと思ったわ】


 まず、即帰ってきた兄の返事を読みながら、ファムータルは身をすくめる。


 だが、兄の字は怒りを宿しておらず、いつも通りだ。

【……でもまあ、お前が鈴華を中途半端に放り投げたら、それこそ縁切りだしな。

 今回は大目に見とく。


 だけどな、大人しくしてろよ!

 今回のことはエルベット王室の記録に残って、お前は今謹慎中だ。

 魔力が回復するまで邸から出るなよ。


 手紙なら良いから、好きなだけ文通してろ。

 ただし、謹慎解けるまで鈴華には会わせねぇからな。


 あと、鈴華だが……死ぬほど酷い記憶しかないのは明白だからな。

 俺が、過去を思い出さないように記憶に封印かけといた。

 お前が、これからいい思い出を作ってやれ】


「……?」

 結びのサインと印があるのに、便箋はもう一枚ある。

 おそるおそる便箋を繰ると――


「……! あ……」

 声も出ない。

 喜びと嬉しさのあまりだ。


 白かった髪は綺麗な赤毛だったようだ。

 ボロボロだった皮膚は健康的な褐色になり、瞳は翡翠の色。

 ファムータルの髪の束を結んで首から下げた鈴華が、焼付写絵で便箋いっぱいに微笑んでいた。


「鈴華……良かった……よかった……」

 命は取り留めたのだ。


「よろしゅうございましたね。殿下」

「メリナ……」


 涙ぐむファムータルにメリナが、最後の一枚の便箋以外を預かって机の引き出しに入れながら言う。

「歯も生えていらっしゃいました。

 殿下が王太子殿下のところにお残しになったお菓子を召し上がっておられましたよ」


 それを聞いて、ファムータルは動かない身体をおして寝台から立ち上がる。


「殿下?」

「お菓子作る! メリナ、持って行ってくれる?」


 返事をしたのは、メリナではなかった。

「殿下」

 物憂げな声にファムータルが固まる。


「ご静養を」

「…………

 ……はい。……ごめんなさい……」

「よろしゅうございます」


 部屋の入口に控えていた侍女長が威圧したのだ。

 ファムータルはこの侍女長には決して勝てない。


 メリナは苦笑交じりにファムータルが動いて乱れた敷布を整え、そこに入ったファムータルの後ろにクッションを持ってきてくれる。


 ファムータル専用のクッションで、背中の傷に障らないようになっている。よく寝込むファムータルが寝台で上半身を起こすときは必須のものだ。

「ありがとう。メリナ」

 鈴華からの返事はまだだ。

 とりあえず、兄と祖父にお礼の手紙を書くべく、メリナが出してくれたレターセットと万年筆に向き合った。

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