第11話

――ファムータル・礼竜らいりょう・フォン・ディ・エルベット。


 父親は魔国の元国王、母親は魔国の王妃であり、隣国エルベットの王太子だった人物だ。


 だが、この王子は……父王に出生を否定され、一度殺されている。


「魔国の王族の子を産むと死ぬと、噂が流れててな……。

 ぶっちゃけ、事実だ。魔国は呪われてる」


応接室では、彼女とファムータルの祖父が向かい合って座り、丁鳩は適当に歩き回りながら話していた。


 もう歯も生えた彼女の前にも、紅茶と菓子が置かれている。


「俺の母上も、呪王クズの種を無理矢理植え付けられて、使い棄てられた。

 母上の命を犠牲にして産まれたんだよ」


 魔国の王族は、いつしか、【どうせ死ぬ妻】と婚姻をあげることをしなくなり、気に入った女を手当たり次第に買っては【使い棄てる】ようになったのだ。


「魔国には呪われた男児しか産まれない。女児が産まれれば、その時に呪いが解けると言われている。

 ……ワインは?」

「あ、ごめんなさい。私、アルコールは一切……」

 彼女がそう答えると、ファムータルの祖父は手にしていたワインの瓶から、自分と丁鳩の分だけグラスに注いだ。


「では、丁鳩殿下とファムータル殿下は、異母兄弟なのですか?」

「ああ。そうだ。俺もライも母親似。だから全然似てねぇだろ?」

義祖父からワイングラスを受け取る丁鳩は、褐色の肌に輝くばかりの金髪の、鎧と大剣が似合う偉丈夫だ。


 それに対して、昨夜の彼女の記憶にあるファムータルは儚げで、押せば崩れそうな真っ白く背も低い少年だった。


 唯一同じなのは真っ赤な双眸くらいで、見た目にはとても兄弟と思えない。


「さて、説明することが幾つもあるんだが……お姫、とりあえず聞きたいことは?」

「えっと……ファムータル殿下のお母様はエルベットの王太子だったと伺いましたが……呪王に買われたのですか?」


 買った女を使い棄てるということはそういうことになるが、ファムータルの祖父が大きくかぶりを振り、


「一応、恋愛結婚だ……」

 悔し気に呻く。

呪王クズを信じたのが間違いだった……」


呪王クズが、たまたまエルベットに行った時に、公務中のエリシア義母様かあさまを見て一目惚れしたんだよ」

 グラスのワインを一口飲み、赤い液体をグラスで揺らしながら丁鳩が言う。

「エルベットだって、少なくとも俺の母上を殺していることが明らかな呪王クズに、大事な王太子をくれてやる道理はなかった。だけどな……」


「エリシアも呪王クズに惹かれたのだ。

 二人は遠距離恋愛を始め、次第に呪王クズがエルベットに通い詰めるようになった」


 だが、エルベット王家も神殿も議会も、当然反対した。

 そして、王太子エリシアは、国も王太子の身分も王族籍も御名も捨て、エルベットを飛び出したのだ。


「何食わぬ顔で呪王クズはエリシアと式を挙げ、絶対に妊娠させないと高らかに宣言した。

 ……空約束だったのは、見ての通りだ」

 自棄酒でも喰らうかのように、祖父がワイングラスを空ける。


「魔国王族の避妊は、男の方がかなり痛い目見る、変わったもんでな。

 あの呪王、痛みに堪えきれずにエリシア義母様を7回中絶させていやがった。


 ライは8人目だ」


 侍女が冷めた紅茶を温かいものに取り換えてくれるが、とても話の重さに飲む気になれない。


 ファムータルの祖父が胸元から出したロケットを開けると、写絵うつしえ写音うつしねが再生され始めた。


 大きなお腹を大事そうに撫でながら、笑顔を浮かべる銀髪の女性が映っている。

「ごめんなさい。お父様。

 この子は……きっと男の子。あの人には女の子と言ったけど……産みたいだけだったの。

 もうこの子で8人目……これ以上、殺したくない。


 最後の我儘。

 この子の名前は、祝福の子ファムータル

 あの人が呼ばなくても、呼んであげて。


 あの人がこの子に辛く当たったら、どうか護って。


 最後までごめんなさい。お父様やお母様にいただいた愛情を返せなくてごめんなさい。


 でも、お父様とお母様の娘に産まれて、あの人と出会えて、幸せだった。


 ……ありがとう」


 そこで終わった音声と映像。

「エリシアが女児を身籠ったと呪王クズが誇らしげに告げてきて……臨月になってこれが極秘裏に届けられた。


 エリシアは子を護るために、女の子だと呪王クズを騙していたのだ」


「魔国の王族の子を身籠ると、何故か腹が膨らむ以外は妊娠の兆候は出ねぇ。

 エリシア義母様は、つわりをはじめ、妊娠の兆候を演技で再現したんだ。


 それを見た呪王クズはコロッと騙された」

 女児を望むあまり、餌にためらいなく食いついたのだと言いながら、空になったワイングラスをテーブルに置く。


「このままでは礼竜は殺される。そう確信した私はすぐにエルベットを発った。

 だが……悪いことに早産だった。


 私が、呪いの渦巻く王宮に着いたのは、礼竜が産まれて一日以上経ってからだった」

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