第3話

「……ライ。真面目に訊くぞ。

 どういうことだ?」


 いつもの甘えたさいっぱいの顔ではなく、緊張した面持ちの弟に尋ねる。

 手には手作りのお菓子がぎっしり詰まった籠を下げている。


「兄様。僕にチャンスをください」

 真っ白い弟の顔で、赤い瞳は真剣に兄を見詰め、赤い唇は引き締められていた。


 【彼女をください】と言わなかったことは内心褒めながら、

「お前ら……知り合いか?」

 手元の資料に零れがないか確かめる。


「いえ、昨日……ここに運ばれてくる彼女を見て……それで、……ひとめ、で……」


 もごもごと言葉を濁す弟。

 その顔は紅潮し、恥じらっている。


 兄は、無言で資料を弟の前に突き出した。


【用途……人間または獣用の食肉。卵巣を焼いて永久避妊を試みたところ、下腹部全体が焦げて他に用途なし】

 そう書かれている場所を指差しながら。


 弟は菓子の籠を落とし、赤い目を見開いて、ひどい、ひどいと繰り返しながら資料を繰る。


「多分、2日持てばいいほうだ。

 ……お前、見送るか?」


 いつまでたっても男としての成長が見られない弟に訪れた初恋。

 だが――相手が悪すぎたと丁鳩は心中で嘆息する。


 資料を涙でぐしゃぐしゃにして弟が出した結論は――


「連れて……帰らせてください……」


「分かった。公務も休ませてやるから、安らかに逝けるようにしてやれ」


 落とされて形が壊れた菓子の入った籠を置きっぱなしで、弟は彼女の居る部屋に向かっていった。

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