あれから、一週間が経過した。


 あんな非現実的なことが起きた後でも、憂鬱な一日は始まる。嫌な視線を感じ、聞こえるほどの声量で蔑まれるわたしへの悪口を耳にし、授業での劣等感に苛まれながら、学校での時間を浪費していく。


 あれから白石は、パタリと学校に来なくなってしまった。あまりの衝撃的な事態に、心配の声は勿論、根拠のない噂話まで流れ始める。無論、知る由はないだろう。わたしが、アイツの心を殺したんだから。


 ……何で、陰鬱な気分になってんだろ。


 笑いなよ。憎き女が学校に来なくなったんだからさ。


 この嫉妬心と、劣等感の原点が目の前から消え失せたんだ。それなのに、何で心の底から歓喜しないんだ。バカかわたしは。


 最近、お弁当の味がしない。大好きなエビフライも、砂を食べているような感覚になる。わたし、どうしちゃったんだろう。


 そんなことを考えながら、わたしは今日も一人階段で昼食を摂っていた。


「ねぇねぇ、聞いた?」


「もしかしてあれだよね? 聞かないわけがないよ」


 すると、階段の下の踊り場で、二人の女子が慌てた様子で会話をしていた。上履きの色を見る限り、同じ学年の人だろう。


 わたしは無意識に耳を傾けた。それが耳にしちゃいけない情報だとも知らずに。


「白石さんが……自殺しちゃったって」


 箸を、落としてしまった。


 木霊する軽快な音。しかし、二人は会話に夢中で気づく素振りはなかった。


「でも、どうして? 自殺するような人じゃなかったのに」


「うん……優しくて明るくて。噂によると、ある日を境に突然鬱になっちゃって……さっきマンションから飛び降りたのが発覚したらしいよ?」


「そんな……」


 何だよ……何で後悔し始めてるんだよ。憎き女がこの世から消えたんだぞ? 喜べよ、笑いなよ……さあ!


「実は嫌いだったんだよね。あのいい子ぶってる態度が。でも、別に死んでほしいわけじゃなかったのに」


「そうだったの? あたしは好きだったよ? 委員会で一緒になったことがあって、すっごい優しかったの覚えてる」


「わかってるんだけどね。だけど、一点だけ許せないことがあってさ」


 ……聞きたくなかった。

 聞くべきじゃなかった。


 なのに、抵抗する間もなく自然と耳に入っていく。


「……あの子、夢野と仲良くなりたがってたの。あのグズで底辺な陰鬱女とだよ? それで『あぁ、いい子ぶってるんだろうなぁ』って思っちゃったの」


 ……胸にグサリと何かが刺さる。


「あー、それ知ってる。委員会内で『憧れている人だれ?』っていう話になって、そこで夢野のこと話してたわ」


「アイツのこと好きな人って、マジで誰もいないかと思ってた。家族にも嫌われてそう、的な? わたしも嫌いだし」


「そうそう。だけど、白石さんが夢野の話してる時、目がキラキラしてたの。うわガチじゃんって思って。確かにそこは相容れないかも」


 二人は会話を続けながら、廊下へと歩いていく。その姿を見送る最中、どす黒いものが体内で下に沈んでいくように感じた。


 もしかしてわたしだけが勘違いしてたってこと?


 その上で、アイツを殺した……。


 いや、違う……ちがう!


 あんなのただの噂話だ! そうに違いない!

 白石は憎きヤツだ。いい子の皮を被ったどす黒い悪魔だ。わたしのこの狂った感情を植え付けた原因だ。みんなの目が節穴なだけなんだ。


 そうだ。それを否定する憎き奴は、わたしの手で直接……。





 …………あ、そうか。




 わたしが直接、殺せばいいのか。


 この鎌で、白石を殺したように。


 憎き相手をこの世から消し去ればいいんだ。


 そうしてこの後悔を、夢を刈った時に得た快感で塗り潰せばいいんだ。


 そうと決まれば、さっきの女どもを殺してしまおう。


 わたしを貶す奴は……劣等感を刺激するヤツは何人足りとも許さない。


 そうだなぁ……あの女どもを嬲り殺したら、今度はクラスメイトみんなをやろう。


 そしたら今度は先生に。


 わたしを産んで、こんな風に育てた両親だって。


 みんなみーんな、殺してやる。


 あーあ、夜が待ち遠しいや。


 あの獏男に感謝しよう。こんなに良いモノをくれるだなんて。




 ……そういえば対価って、何のことだろう。

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