「お願い、騎士さんたち! わたしを守って!」


 その呼び出しに応えるかのように、虚空からポンと煙を立てて、四体の騎士が出現した。銀色の甲冑に、龍の紋章が刻まれた盾。右手に携えた剣には、金色の光が灯されていた。


 騎士たちは、前に構えていた剣を下ろすと、一瞬にして姿を消した。かと思うと、突如として異形の目の前に現れて、光の剣で瞬時に斬り払った。


 思わず目を見開いた。真っ二つとなった異形の死体は空中で崩れ落ち、やがて灰となって上に舞っていく。獲物を倒した騎士は、また瞬間移動をし、次の獲物を斬りに行く。その繰り返しだった。


「羊さんたちも、お願い!」


 白石がまた叫ぶと、子羊たちはメェと答えて空高く飛び上がった。異形の虫喰いにより暗闇が広がりつつある空を飛び回り、その白毛から虹色をした光の粉を振りかけた。すると、みるみるうちに穴は収縮し、元のピンク色の空に戻っていった。


 どうしよう。このままだと形成が逆転しちゃう。焦るあまり、歯軋りする。


 すると突然、鎌がブルリと震え上がった。同時に自分が何をすべきか、脳裏に浮かび上がる。焦燥感は消え去り、思わず笑みが溢れる。


 そっか……そうだった。すっかり忘れてた。

 もっと手っ取り早い方法があるじゃないか。


 わたしは走った。一番高い場所にある雲を目指して、次から次へと跳び移る。息が切れるほど走ってるはずなのに、疲労感がない。夢の中だからか、はたまた気持ちの昂りによるものか。まあ、すぐに終わるからどうでもいいけど。


 やがて目的地に到着すると、思い切り下に向かって飛び降りた。鎌の刃を天に向けて構え、ぐんぐん下へと落ちていく。


 目指す着地地点は……白石のいるベッドだった。


 気づいた白石は目を大きく見開く。そして手を上に向けて、騎士たちを向かわせようと指示する。颯爽と現れ、盾を構える二体の騎士。だけど、いるだけ無駄だった。


「邪魔だあぁっ!」


 わたしは鎌を思い切り振り下ろす。刃は盾を貫通し、騎士を真っ二つに斬り捨てる。後方で、ボンと音が響いた。


 ベッドに着地し、目を瞑る白石に鎌を空高く構えた。すぐにでも斬り殺す、その気概を体現するかのように。


 やがて白石の目が開かれ、その表情が絶望の色で満ちていくさまを目に収める。


「そんな、何で……」


 声を震わせていたが、すぐに口をつぐんで、言い換えるようにはっきりと言った。


「どうして、夢野さんが?」


 ……腹の底から黒いものが湧き出した。


「……アンタにわたしの名前を言う資格なんてない。ムカつくんだよ」


 終わりにしてあげる、と鎌を力強く握った。


「そんな! なんで……わたしはただ、あなたと……」


「まだわからないの? 大キライなの、アンタが。……もう喋らないで」


 その言葉を最後に、鎌を振り下ろした。


 その断面から血潮が噴き出すことはなく、斬り落とされるのと同時に、ボンと煙を立てて消滅した。流石は夢の空間、そう言ったところか。


 悦び、になるはずだった複雑な感情を噛み締めるように天を仰ぐ。主がいなくなった空間に亀裂が走り、音を立てて崩れ落ちていく。空には暗闇が広がり、段々と空間を呑み込んでいく。


 これって、わたしも戻らなきゃまずいのかな。


 そう思い至って立ち去ろうとしたその時、ベッドの枕元に何か光るものがあることに気づいた。本来なら触れるべきではないのかもしれない。なのに考えるより先に身体が動いて、気づいた時には手に取っていた。


 その正体は、ピンク色の手鏡だった。


 鏡面に何か映っているかのように思えて、覗き込んだ。そして、思わず息を呑んだ。そこに映っていたのは、笑顔を浮かべる白石……とわたしの姿だったのだ。


 驚きと恐怖のあまり、毛布の上に手鏡を落としてしまう。


「な、何で……?」


 白石とわたしが並んで立っている光景も衝撃的だったが、そんなことはどうでもいい。何よりも、白石の隣りでわたしが笑っていることが、あまりにも末恐ろしかった。


 何で……アイツは、わたしを下に見ていたんじゃ……。


 呆然とするわたしの頭上で、大きな爆発音めいたものが木霊する。ハッと我に返り、邪念を振り払おうと首を思い切り横に振る。そうだ、何かの間違いだ。だって、白石がわたしと仲良くなろうだなんて、そんなこと思うはずがないのだから。


 わたしは鎌を振るい、再び切れ目を作る。そして、その吸引力に身を任せ、奥へと進んでいく。


 その時、鎌から手を通じて何かを〝吸われた〟ような感覚に陥ったが、その正体を知る気力など湧かなかった。

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