第58話

外は傘が必要なぐらい雨が降っていた。


頭を冷やすために、1度家を出ようと思った。母親に「どこ行くの?」と聞かれたけど、素っ気なく「……コンビニ」と呟いた俺は、親の顔も見たくなかった。



特に何も買いたいものなんてなかった。

家の近くのコンビニについた時、せっかくお風呂に入ったのに、スボンの裾が濡れているのを見て、心の中で舌打ちをした。



最悪、

最悪、

最悪すぎる──……。



陳列した雑誌の棚を見ながら、頭に浮かぶのは──「……ごめん」と泣きそうになりながら謝ってきたヒカルの顔。そんなヒカルを無視して部屋から出てきてしまった。



違う、違うんだよ、ヒカル……。



〝ハメ〟と言われたのは図星だった。


ルイがいなくなって、嬉しかったから……。


〝ハメ〟というよりも、〝欲〟が出てきてるのが自分でも分かってた。


けどその〝欲〟が自分の思い通りにいかない。


それができない苛立ちを、ヒカルにぶつけてるだけで。




ぼんやりと並んでいる雑誌を眺めていたら、ポケットに入っているスマホが振動した。画面を見れば、そこには〝輝〟とあって……。



ヒカルから電話らしい。だけど画面にうつしている〝輝〟という漢字を見て、指先が動いてくれなかった。





〝親近感湧いたりしない?〟




奈都の言葉を思い出す。

どうしよう……

親近感なんて、湧いてこない……。

ヒカルの名前を見ても……。

見慣れてるから?



どうすればいいの……





いつの間にかヒカルからの電話は切れていた。


だけど、また、スマホが振動する。



心配でかけてきてるらしい。もう〝輝〟っていう文字を見たくなくて電源を切ろうとしたその時、画面を見て〝あ……〟と心の中で声が漏れた。





その名前はヒカルじゃなかった。

タイミングよく、かかってきたらしい。


そういえば、メッセージが届いてたけど、既読無視したんだっけ……と。




名前は〝大黒千尋〟


名前に親近感なんてわかず……。




「……はい」



スマホを耳に当て、電話に出れば、『あ、あの、こんばんは……』と声がして。



『すみません……いきなり。話、どうなったかなって……』



今、それどころじゃないのに……。

けど、協力すると言ったから、蔑ろには出来ない。



「……悪いけど、進んでない。話を聞くのも、無理そうだし」


『そ、うですか』


「何かあった?」


『……いえ、……あの、また、近々会えませんか? 計画とか、その……』



近々……

コンビニから見える景色は、大雨で。


この中、また、傘をさして帰る……。


ヒカルの顔を見れば、また、八つ当たりしてしまうかもしれないから。



「今からならいいよ」


『…え?今から?』


「早めの方がいいんじゃないの?」


『そうですけど……』


「この前待ち合わせした店の前で、待ってるから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る