NTR5

第56話

夜から雨が降った。

その頃にはもう家に帰って、お風呂に入って、自分の部屋で休んでいたところで。

受験勉強しなきゃなって思う反面、何だかもう何もしたくなくて、ベッドの上に何をする訳でもなく寝転んでいた。




隣の部屋から物音がして、ヒカルが帰ってきたと、耳を澄ませていると、その音は俺の部屋の扉のノックに変わった。



母親は2階に来れない。

父親は、多分違う。

だから俺の部屋に来るのは、残されたヒカルなわけで。




「ウミ、起きてる?」



入ってきたのは、やっぱりヒカルだった。

俺の大好きなヒカルは、ベッドで微動だにせず寝転がっている俺に近づいてくる。



「なんだよ起きてるじゃん。返事しろよ」



まん丸の目を少し細め笑ったヒカルは、いつものヒカルだった。



「……なに?」


「機嫌悪い?」


「今日のこと、聞きに来た?」



ぽつりと言えば、ヒカルは首を傾げた。「何の話?」と。ヒカルは知らない。奈都はヒカルに言ってない。いや、もしかするとルイの耳には……。


いや、きっと言わない。

もし言ったらルイが嫉妬で狂うだろうから。



「ヒカル……」


「うん?」



手のひらをつき、起き上がる。何だか久しぶりに体を起こしたような気がした。



「この前はごめん……嫌なこと言った」



あんなにも言えなかった謝罪。言えたのは、奈都が教えてくれたからなのか……。



「……ああ、もう気にしてない。ってか悪いのは元々俺だしな。ウミが謝ることじゃない。俺も怒ってごめんな」



軽う笑うヒカルは、いつも通りの優しいヒカル。



「それよりな、今度一緒に映画でも行かねぇ?って思って。お前の好きなあれ、なんて名前だっけ?続編出ただろ?」


「ヒカル」


「ん?」


「ごめん…」


「なにが?またさっきのこと言ってんのか?」


「ごめん」


「ウミ?」


「ヒカルが言ってたこと、本当になった」


「言ってたこと?」




ヒカルの顔が見れない……。




「〝好きにはなるのか?〟ってやつ……」




ヒカルは一瞬で、俺が言いたいことを理解したらしい。──また、なっちゃんと会ったのかと、声のトーンを下げ低い声を出すヒカルは、怒っているようで。



何も言えずにいると、思いため息を出したヒカルは、「……なっちゃんのこと、好きになった?」と、勉強机のイスにこしかけた。



「本人に言った? それ」




本人に……。



「……うん」


「なっちゃん、なんて?」


「困ってた」


「そらそうだわ」




長い足を組んだヒカルは、「たしかに、なっちゃんはいい子だし。ルイの相手できるぐらいだもんなぁ」と、軽く笑った。




「お前が好きになっても、おかしくないよ」と。






「ルイと別れて、」


「うん」


「俺と一緒にいてほしいって」


「ふうん……」


「ヒカルの気持ちも分かってたけど、あの時は止まんなくて。今になってなんで言っちゃったんだろうって、気持ちが強くて」


「……」


「……ごめん」


「やってる事矛盾してるよな。俺んちと関わるなってお前がなっちゃんに言っておきながら──、お前がなっちゃんを巻き込むのか」




そう……。

俺だって、神城家の一員。

イカれた家の住民。

関わるなと奈都に言っておきながら。



「──そうだよ、でも、俺は……家を出るよ。高校卒業すれば……。親にも、知らせない。ヒカルにも住所は教えない……。疑ってるわけじゃないよ。でもどこでバレるか分からないし」


「縁切るってか?」


「うん、この家はルイだけがいればいいから」


「……」


「でも、その中に奈都さんを残していけない」


「……」


「奈都さんが、ルイのことで少しでも悩むなら、俺は奈都さんと行くつもり」


「──…俺には教えねぇのに、なっちゃんには教えるって?」


「奈都さんがいいって言うなら教える」







ヒカルの顔を見た。

ヒカルの顔は、怒っていた。

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