第20話
舞踏会当日、調理場はバタバタしている。給仕頭もピリピリしている。
なんでも、男爵令嬢達が全員お休みだそうだ。
理由は、察しろ、とばかりの空気が流れている。
令嬢の支度は、朝からしなければいけないぐらい時間がかかるらしい。
ちなみに、私は仕事が終わってから猛スピードでする予定だ。いいの。参加することに意義があるから。
お陰で、陰口も邪魔も入らない。
いざやってみれば、人手が足りないはずなのに、いつもより仕事が進む。
ってことは、彼女達、必要ないんじゃない? と思ったら違っていた。高官達もお休みしているから、給仕しなきゃいけない人が少ないだけだった。おじ様の用意にそんなに時間はかからないはずなのに。絶対さぼりだ。働けよ!
そうやって、忙しくはあるけれど、平穏無事に時は過ぎ、仕事が終わった。
私は、レオンハルト様と一緒に侯爵家に来ている。仕事が終わったのは十六時といつもより早め。でも、舞踏会は十九時からなので時間は殆どない。
特にめかし込むつもりはないけれど、ドレスを着て、髪を結い上げ、化粧をするにはそれなりの時間が必要だから急がなくてはいけない。なのに、私は客間で立ち尽くしていた。
「……あの、レオンハルト様。これは?」
「あぁ、急がせたがこれが限界だったようだ。もう少し選択肢を用意したかったのだが、仕方ない。好きな方を選べ。俺は自分の支度をしてくる」
不服そうにそう言って、エマさんと私を残してレオンハルト様は客室を後にした。
残された私は、ポカンと二着のドレスを見る。
この前行った店は、私が思う以上に手広く商売をしていたようで、令嬢のドレスを販売する店も経営しているらしい。そこで、この前採寸した私のサイズをもとに、二着のドレスがサイズ直しされたようだ。
たった二日で、ニ着も用意って、どれだけお金を上乗せして急がせたのだろう。ワンピースのサイズ直しとは比べ物にならないぐらい、手間がかかるはずなのに。いや、そもそも一着で充分だ。
(無駄だしもったいない)
そう思っていたら、エマさんがニコニコしながら、目で早く選べって催促してきた。
一着は、コーラルピンクの可愛らしいプリンセスラインのドレス。腰に薔薇の花を形作ったコサージュが付いていて、デコルテラインが美しい。
もう一着は大人っぽいマーメイドラインで紫がかったピンク色のドレス。細かな刺繍と、所々に小さな宝石も散りばめられていて、裾の後ろが前より長くなったデザインだ。
これが本当のデビュタントなら、迷わずプリンセスラインのドレスを選んだと思う。でも、すでに行き遅れの年齢に差し掛かった私に相応しいのはマーメイドラインのドレスだろう。
と、言う事で、マーメイドラインのドレスを選んだ。エマさんが手早く着せてくれて髪を結い上げてくれる間に、メイクを自分でしてしまう。時間短縮だ。どうせ仮面で顔の上半分は隠れるのは分かっているけれど、浮かれてる私は結構しっかりメイクしてしまった。
そして、十八時半
私は大きな鏡の前でほぉ、と息を吐き、クルリと回った。
自画自賛してもいいだろうか。鏡に映っている私は、まるで令嬢のようだった。もしかして、あのまま平和な時が流れていたら……もう交わる事のない未来に少しだけ迷い込んだ気分だった。
「リディ、レオンハルト様がいらしたわよ」
振り返った先にいるのは、正装に身を包んだレオンハルト様。ライトグレーの上着の胸元にはピンクのバラが刺さっている。私のドレスに合わせてくれたのだろう。
「レオンハルト様、ドレスをご用意頂きありがとうございます」
淑女の礼でお礼を述べる。
でも、反応がない。
あれ、ちゃんと出来たはずなのに。
どうしたのかと首を傾げると、レオンハルト様の隣にいたリチャードさんがコホンと咳をした。すると、はっと気づいたような表情を浮かべたあと、体裁を整えるよにして、私に一歩近づいてくる。
「うむ、よく似合っている」
レオンハルト様はそう言うと、ポケットから小さな箱を取り出した。蓋を開けるとブルーダイヤのイヤリングが輝いている。
「本当はネックレスと同じ石を探したのだが、王都になかった。かなり貴重な品らしいな」
「二十年前に見つかった宝石ですが、既に採掘量が減っています。あと何年か経てば本当に幻になると思いますよ」
「そうなのか。実は石だけならあったんだ。加工する時間がないので手に入れなかったのだ」
!! なんと! もったいない!
「レオンハルト様、それ買うべきですよ! 数年寝かせれば価値は三倍、いえ五倍以上になります」
「そんなにもか? ちなみに石の大きさはこれぐらいだ」
レオンハルト様は指先で大きさはを示してくれた。かなり大きい。私が貰ったネックレスより大きい。
「それ、五倍じゃ済まないかも知れません。絶対手に入れるべきです。それに、これ」
私はネックレスを摘み持ち上げると、背伸びしてレオンハルト様の顔に近づける。
「レオンハルト様の瞳の色にそっくりです。自分の瞳と同じ色の宝石で作った指輪で求婚する方は多いです。持っていて損はありません!」
軍資金があったら私が買いたいぐらいだ。ま、私にはこのネックレスがあるけど。数年後いくらに化けるんだろう。あぁ、考えただけで頬が緩む。
ふと、視線を感じ見上げるとレオンハルト様と目があった。
「ほぉ、婚約指輪か……では明日にでも宝石商に連絡をするか」
「是非!」
「手に入れたらいいんだな?」
ずずっと、鼻先がつくほど顔を近づけて、まるで念を押すようにレオンハルト様が言う。
「? はい」
首を傾げながら答えた私に向けて、レオンハルト様は何故か不敵な笑みをみせながら、分かったと言った。
そんな遣り取りをしていたら、ますます時間がなくなってしまった。私は慌ててイヤリングをつけようとすると、
「じっとしていろ」
大きな手が伸びてきて私の耳に触れてきた。
触れられた場所がくすぐったくて、思わず首をすくめたら、「動くな」と怒られた。
だってくすぐったいし、恥ずかしい。顔が熱を持ってくるのが自分でも分かり居た堪れない。
「出来たぞ」
「ありがとうございます」
やっと解放される……と思ったのに、レオンハルト様は私の顎に指をかけ、上を向かせる。淡いブルーの瞳を意地悪そうに細めた。
「年齢の割に初心な反応だな」
「ち、ちょっと、びっくりしただけです」
「ほう、そうか」
どうせ私は恋愛経験ありませんよ。でも、どうしてレオンハルト様は私の年齢を知っているのでしょう? 雇用契約書に歳は書かないし。調べた? って事はないか……忙しい人なんだから。
「そ、それより、仮面を付けるのですよね?」
私がそう言うと、エマさんが素早く持ってきてくれた。
仮面と言っても顔の上半分、主に目を隠すようなデザインだ。舞踏会では飲み食いもするので口元までは覆わないようだ。
白い仮面の目元は、淡いピンク色の絵の具で縁取られ、所々にラメが散りばめられている。レオンハルト様の仮面も、同系色の絵の具で目尻に少しだけ蔦模様のような絵が描かれていた。
「お揃いですね」
「当たり前だろう。俺はリディのパートナーなんだから。分かっていると思うが、素顔は俺以外に絶対に見せるなよ」
「はい、もちろんです」
侍女が紛れ込んでいるなんて、バレるわけにはいかない、
力強く頷く私をレオンハルト様は満足気に見下ろした。
「……いい歳して、独占欲が強いのはいかがか……」
「ゴホンッ」
リチャードさんがボソリと呟いていたけれど、レオンハルト様の咳払いで良く聞こえなかった。
そして、「遅れますよ」のエマさんの言葉に、私達は慌てて馬車に向かった。
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