第18話
王太子様は暫く思案をしたあと、大きく一つ頷き近くにいた衛兵を呼び寄せ何やら指示を出した。それが終わり、衛兵が頭を下げて立ち去ると、
「この件については、後は我が国の法に基づき処罰を行う。レオンハルト殿、ご尽力頂き礼を言う。それからリディ、息子の件について礼をしたいのだが」
王太子様はそういうと二度手を叩いた。それを合図に侍女が、四角い箱を両手で持って王太子妃のもとに向かう。王太子妃は箱の中身を確認すると
「リディ、これは私達からの礼です。好きなものを一つ選んでください」
そう言って大きな目を細め、優しく微笑んだ。侍女は、王太子妃の言葉に従うように、私に歩み寄ってくると、その箱を差し出した。
視線を落とせば中には色とりどりの宝石が輝いている。ピンクに、ブルー、イエロー、……全部でいくらになるんだろう……。
本当に頂いていいものかと、隣のレオンハルト様に目線を送れば、大きく頷いてくれた。
「王太子妃のお言葉だ。一つ頂け」
「はい」
さて、と宝石に目をやる。
父から教わったことは忘れていないし、宝石の目利きは一番得意だった。
私の好みはこの際どうでもよい。
とにかく、値のはるもの換金し易いデザインの物。
そんな私の目にひとつの宝石が飛び込んできた。
こ、これはパライバ・トルマリン!!
最近新たに発掘された新しい宝石で、希少性の高さから「幻の宝石」と呼ばれている物だ! そうか、確か発掘されたのがローンバッド国だった。まだあまり市場に出廻っていないし、この中では価値は一番だ。
まるでそれ自体が発光しているようなライトブルーが特徴で、見る角度によって色の濃淡が変化する希少性を持つ。いつまでも眺めていられるわ。
「ではこちらを頂きます」
私はライトブルーのネックレスを手に取る。遠慮なく。石は小さいけれど、価値はこの中で一番だ。
本当なら宝石全部をルーペで見て、透明度とかを確認したいところだけれど、パライバ・トルマリンがあるならこれ一択でしょう。
王太子夫妻は、私の手のひらにあるパライバ・トルマリンのネックレスを見たあと、チラリとレオンハルト様の瞳を見られ顔を合わせてにっこりと微笑まれた。
? どうしてレオンハルト様を見るのだろう。
なんだろう、あの意味深な微笑みは。
レオンハルト様、ちょっとお耳が赤いですがどうしましたか?
ま、いいか。気にしないでおこう。
ところで、こういう場合、頂いた宝石はどうしたらいいのだろう?
侍女服で身に着けるわけにはいかないし、
ポケットに入れるわけにも勿論いかない。
とりあえず、手のひらに乗せたままじっとしておこうかな。そのうち誰かが助けてくれはず……
「それから、明後日私たちを歓迎する晩餐会が開かれるのだが、リディ、息子が是非君にも出席して欲しいと言っている。振る舞いを見た所、爵位のある家の令嬢のようだから、ハザッド国としても問題はないと思うが」
王太子様の言葉に、私は宝石を手にしたまま首を振る。
「……身に余るお誘いです。しかし、我が男爵家は何年も前に爵位を返上しております。ですので私が出席することは出来ません」
晩餐会は貴族達が行うもの。手伝うことはあっても、参加することはできない。
「それは正式な招待状があっても無理なのか? 我が国では、研究でも戦でも成果を上げた者を呼ぶことはあるぞ」
王太子様のお言葉に、レオンハルト様は眉間に皺を寄せ思案している。確か、ハザッドではそんな特例はないはず。
「ローンバッド国の招待とあれば、国王が反対することはないでしょう。しかし、城勤めのリディの顔を知っている貴族から、反感が出るやもしれません。いらぬ嫉妬を招く恐れがあります」
あ、一応そこらへん気遣ってくれてたのね。確かにこれ以上のやっかみは勘弁して欲しい。
「それなら心配ないだろう。舞踏会は仮面着用となるはずだからな」
「仮面ですか?」
怪訝な顔をするレオンハルト様に、まだ聞いていなかったかと、王太子様が説明をする。
「最近、我が国で流行っているのだよ。その話をエドワード様やクリスティ様にしたら、ハザッド国でもしたいとおっしゃられてな。それならば、明後日の舞踏会を仮面舞踏会にしようという話になったのだ」
第二王子のエドワード様と王女のクリスティ様なら言いかねない。なんか、嬉々として参加しそう。
この国では仮面舞踏会は開かれたことがないけれど、旅の商人の話によると最近他国では時々開かれているらしい。
身分の上下を考えることなく交流でき、高位貴族にしてみれば、爵位の下の者の本音が聞ける貴重な場でもあるらしい。有益な話があればすぐに実行に移し、不満があれば動乱が起こる前に解消するなど、政治にも役立っているらしい。
ただ、国によっては気軽さが若者を中心に人気が出てしまい、少々品位を欠くようになってきて問題視されているとも聞く。
「エルムドア侯爵! それなら問題ないよね!」
明るく話すルイス様の声で、私の参加が決定となったようだ。
「そうなると、エスコート役が必要か。もし、心当たりがなければ、私の側近の誰かにさせよう。先程から流暢に我が国の言葉を話しているので会話も問題なさそうだ」
そうか、エスコート役が必要なんだ。
というから私、本当に参加するの?
頭も気持ちも追いつかないんですけど。
令嬢として産まれ育って、デビュタントを夢見ない娘はいないと思う。私もかつては姉の綺麗なドレス姿を見て、いつかは、と思っていた。姉のダンスのレッスンを覗き見て、デビュタントする日を楽しみにしていた……頃もあった。
もし、その夢が叶うのであれば……
もう、デビュタントの年齢はとっくに過ぎてしまったけれど、一度ぐらいドレスを着てエスコートされたい! そんな気持ちが自然と胸の中に浮かんできた。
ううん、違うな。閉じ込めていた思いが顔を出してきた、といった方が正しいかもしれない。
ふと視線を感じそちらを見るとレオンハルト様と目があった。その目はなんだか、私の浮ついた気持ちを見通しているようでちょっと気まずい。自然と緩んでいた頬をきゅっと引き締める。
そうだ、今の私は単なる侍女に過ぎないのに。
そう思っているとレオンハルト様の口から思いもしない言葉が出てきた。
「それでしたら、私が彼女をエスコートするのでご心配には及びません」
淡いブルーの瞳を細めながら、私を見下ろす。
その瞳が掌の上の宝石と同じ色だと、その時になってやっと思い至った。だから王太子夫妻はあんな反応していたのか。誤解させてしまった。
それにしても、確かレオンハルト様はパーティの類は嫌いで、それが例え公式な物でも欠席すると侍女達が噂していたはずだ。
そのため、実は留学先に深い仲となった令嬢がいるとか、生き別れた婚約者を思い続けてるとか、隣国の王女との縁談が極秘裏に進んでるとか、いろんな憶測が飛び交っている。ダグラス様との仲を疑う噂もあったはず。
そのレオンハルト様が自ら出席すると言う。
王太子様は含み笑いでこちらを見ると、
「そうか、分かった。それは失礼した。では、リディ、舞踏会では是非その宝石を身につけてくれ」
そう仰った。レオンハルト様は何も言われない。
誤解、解かなくていいのですか?
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