第5話

とぼとぼと台所に戻った私は、料理長に頼まれていた葡萄酒の整理に向かった。手には葡萄酒の在庫リストと、この一週間で王族の方々が飲まれた葡萄酒のリストがある。


 来客用の葡萄酒はお城の地下にある倉庫で厳重に保管されているけれど、普段飲まれる葡萄酒は数が多い為、敷地の北にある倉庫に保管されている。涼しく日が当たらない場所が保管に適しているから、と葡萄酒用に特別に作られた倉庫らしい。その倉庫の鍵を、なくさないように首から下げて石畳の上を歩いて行く。


 途中で同じ調理場で働いている先輩侍女のカレンが北側からやってきた。ダークブラウンの髪をサイドだけとり、後ろで大きなリボンで纏めている。

 彼女は現役男爵家の令嬢だ。


 侍女には男爵家の令嬢も多い。令嬢が働くなんて、と数年前なら眉を顰められそうだけれど、花嫁修行や婿探しを兼ねてのお城の侍女は中々人気の職業だ。高官や文官にお茶を用意したり、時には来客の案内もする。私のように給仕係になれば、王族とも顔を合わせる事もある。庭を歩いていれば精悍な騎士とも会えると、いわば出会いの宝庫だ。


 お城の侍女になるには淑女教育を受けていなくてはいけない。だから、彼女達にとってお城で働いていた事は一種のステータスにもなる。そんな腰掛けで来ている令嬢なので、私と違って水仕事や雑用はなされない。そういう仕事をするのは、下女か派遣侍女だ。そう考えると、派遣侍女の仕事は幅が広い。


 彼女は私を見て、一瞬肩をびくっとさせると慌てて目線を逸らせた。


 どうしたのだろう、私何かしたっけ?


 と考えるも思い当たることはない。


 はて、と思いながら、目線を彼女の顔から少し下にやると、布の包みを持っていた。その端からバゲットが見えてる。バゲットは次の日には固くなってしまうから、余った物を持って帰ることが許されている。腕の太さ程あるバゲットは、家族数人のお腹を満たすだけのボリュームがあるので、下女達に人気だ。


 カレンは残り物のバゲットを持っている所を余り見られたくなさそうだし、私も厄介事は御免なので目線を逸らしてすれ違う。


 私の分もバゲット、残っているかなぁ。


 帰りに聞いてみよう。


 そんな事を考えるながら歩くと、大きな木の下に作られた葡萄酒の倉庫にたどり着いた。お城の隅、木の影にひっそりとあるけれど、その扉は鉄製で大きな鍵がついている。私は、首にかけたカギでその扉を開けて、中に入っていく。ひんやりとした空気が私の首筋をすっと撫でた。


 部屋は温度管理をしているので、素早く閉めて傍にあったカンテラに灯をともし、片手で持つ。もう一方の手に葡萄酒のリストを持って奥から在庫の確認を始めていく。この作業はもう何回もしている。三か月前から私の仕事として新しく追加された、雇用契約書になかった仕事だ。


 ……それにしても、


 うーーん。

 やっぱり合わない。


 先週も、その前もそうだったけれど、リストの数と葡萄酒の数が合わない。今週は一本の葡萄酒が消えている。銘柄はどれも中程度。とは言っても王族用に用意された葡萄酒として中程度というだけで、庶民からすると十分高級品の類に入る。一生、お目に掛かる事のない庶民の方が多いと思う。

 そのレベルの葡萄酒が、だいたい毎月一~ニ本ずつ無くなっている。もちろん料理長にこの事は伝えている。


 でも、分かった、

 犯人を見つけて纏めて報告するから、黙っていろ


 って言われただけ。


 雇用期間六ヶ月の派遣侍女を言いくるめるには、便利な言葉よね。私が働いている間に報告がなくても、犯人がまだ見つからないから探している最中だ、の一言ですむもの。そもそも、私の前に倉庫の管理をしていたのが料理長だから、知らないはずはない。

 

 でも犯人は彼ではない。


 だってそうしょう? 料理長が犯人なら、そもそも私に倉庫の整理なんて頼まないもん。だからと言って、犯人を庇っているっていうのもちょっと違うと思う。多分、いちいち気にしていたらきりがない、とか、責任問われるのが面倒だから、な気がする。


 多少なら、問い詰めないからうまくやってくれって感じ? 生活が苦しい料理人や下女もいる事も料理長は知っている。それに、盗んでいるのは一人とは限らないし、葡萄酒だけとも限らない。




「意外と腐っているのね。宮廷って」


 ほのかに赤らんだ顔で呟いたのはエイダ。

 腰に付けた短剣を取り出し、宙にポイと投げては受け止めるを繰り返すのは酔った時の彼女の癖。鞘に入っているけれど、怖いからやめて欲しい。


 私は呆れ顔の二人に問題を出す。


「ところで、どうやって葡萄酒を持ち出していると思う? 門を出る時には持ち物検査だってあるのよ? 服を脱いだりはしないけれど、手荷物は毎回見られるのよ?」


 二人は顔を見合わせた。


 うーーん、とうねりながらハンナはビールを追加で注ぐ。持ってきたビールは彼女がほとんど飲んでいる。エイダも眉を顰めているけれど、あれは考えているふりをしているだけ。今度は指先で器用に剣を回し始める。


 どうして分からないかな?


 話の中にいっぱいヒントがあるのに。

 何なら、答えがあるっていってもおかしくないぐらいなのに。


 エイダはおいとくとして、才女のハンナは答えを当てたいようだ。


「あっ、分かった。葡萄酒を服の下に隠した」

「服の下に入る?」


 うっ、と呟きビールを一口。


「あっ、じゃあ、足に括り付けるって言うのはど

う?」

「歩き方、絶対変になる」


 そうだよねー、とまたビールを一口。


「塀の外に投げ飛ばすとかは?」

「うん、落ちた瞬間に粉々ね」


 うーん、分かんない、と残りをグビグビと飲み干す。私達の遣り取りを聞いていたエイダがボソリと呟いた。

 

「もしかして、バゲットが関係ある」


 私はニンマリとした笑みを浮かべる。

 そう、それが答え。


「えっ? どういう事?」

「バゲットと葡萄酒を一緒に持つのよ」


 怪訝な表情を浮かべる二人に、私は詳しく説明をする。


「葡萄酒の瓶て、上の注ぎ口の部分は細いでしょう?

 その細い部分を中身をくり抜いたバゲットに差し込むの。そしてバゲットの部分だけを見せるように布で瓶の部分を巻くの」


 多少でも中身が見えていれば、わざわざ布を取って全部見せろなんて言われない。カレンもそうして持ち出していた。


 だって、明らかに不自然でしょう? 倉庫は台所から離れた北側にある。そちらから歩いてきたカレンがバゲットを持っているなんて。

 でも、私を見てびっくりするなんてまだまだね。

 ああいう時こそ、堂々としていないと。


 そう言う私にエイダは悪戯な目を向けてきた。


「じゃ、リディはどうやって持ってきているの?」


 あらやだ、こっそり持って帰ってたのにどうしてバレたのかしら。

 長年の付き合い?

 それとも、日頃の行いのせい?


「私は慎重派だもん。飲み掛けの葡萄酒がある時だけよ。水筒に入れて持って帰ってるわ」


 決して、わざと飲み掛けの葡萄酒を作ってはいませんよ。フフフ。

 

「リディ、分かっているとは思うけど、私達は派遣メイド。あなたが信用失うって事は、マリアナ派遣所が信用失うって事なんだからね?」


 はいはい、分かってるわよ、ハンナ。

 て、言うか、まさかあなたに言われるとは思ってもいなかった。私のしている事なんて、ハンナに比べればかわいい物なのに。


 そう思いながら、鞄の中をごそごそ。

 余った葡萄酒を入れた水筒はどこかしら。


 ……あれ? 

 …………あれあれ?  


 ………………ない!!?





 この日やらかした二つの失敗が、私の運命を変える。

 

 ……なんて、誰が予想できただろう。

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