第90話

「ひな、いいのかよ。お前の大好きなりなちゃんんとこに藍が行っちまうぞ」


ケラケラ笑い陽向を揶揄ってやれば、終始落ち込み気味だった表情が徐々に覇気を取り戻してくる。



「だ、ダメ!待って、藍ちゃん!俺も!」


バタバタと藍の後を追うようにして走り去っていく陽向に、「こら!走らない!」とふくよかな看護師が注意する光景を


座っていた俺の隣へ、無造作に腰掛ける椿と眺める。




姿形なくなる廊下の先を見つめながら、椿は静かに口を開いた。




「分かってる。奈々のこと、どうにかするつもりだ」



「お〜早急にどうにか解決しろよ。手こずるなら手ぇ貸してやろうじゃねぇの」



お前も、案外藍と同じに不器用なとこあるからな



それでいて計算的で言葉足らずとくるからな〜



「呑気にしてると取られんぞ、藍に」



それには何も応えず苦笑いを浮かべた椿が、横目で確認できた。



それから数秒間時間を置いてから、



「計算外だったな」



意味深に、椿はそれだけ呟いた。





それは、椿が里奈子ちゃんに対する



「なぁ、椿」




本来の目的からかけ離れた、



「惚れてんじゃねーの、あのお嬢さんに」




そんな感情を抱くことを計算外だったつうことだろ



他色を許すことの無い絶対的な漆黒髪に、憎たらしい紅濃のピアスが邪魔をしてくる。




「さぁな」



そう一言だけ残し、藍と陽向が去っていった後へ続くように歩き始めて行った。

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