第6話

浮気



 日曜日は車で大型スーパーに出かける。子どもたちが小さい頃は一緒だったけれど、今はもう夫婦二人だけだった。


 お天気がいい。ドライブ日和だが、大型スーパーは車で三十分もかからない。


「洗剤は先週買ったから…お弁当用に冷凍食品買わないと…後はパンと」と私がくだらないことを話す。


「お昼どうする?」


「フードコートで食べる? それならお互い好きなの選べるし」


 無言だったので、気に入らないのだろうか、と私は思いながら「じゃあ、好きなの買って帰る?」とあくまでも作ることはしたくなかった。


 休日の幹線道路は特に混むこともなく進んでいく。


「…土曜、どこ行ってた?」


「昨日の朝?」


 私が訊き返したら、黙ってしまって、それ以上、土曜の話もお昼の話も進まなかった。秋の高い空は青くて澄んでいて、フロントガラスから見える空が透明な光で広がっていた。


「あなたはどこ行ってたの? 帰った時、いなかったけど…」


「コンビニ」


「そう…。私はカフェ。たまにはモーニングとか食べたくなって」


「ピザ焼いてたのに?」


「なーんかいつも私が消費限過ぎてるの食べなくてもいいかなって思ったりして。…ねぇ、他に好きな人いる?」


 なぜかあの時聞けなかったことが、今、口から出た。


「え?」


「…いた? もしくは…今も?」


 不思議だったけど、少しも怒る気持ちがなかった。ただ知りたかっただけだった。


「何言ってるの?」


「私、いるよ」と言ってから、隣の夫の顔を見た。


「どういうこと?」


「あなた以外に好きな人がいる」


 車は大型スーパーの入り口を通り過ぎた。


(山に連れていかれて、置き去りにされるのだろうか)と一瞬、嫌な考えが過る。


 車は南へとひたすら向かって行く。天気のいい空をフロントガラス越しに見ながら、私は話す。


「子どもが小さい頃…帰ってくるの、遅かった時があったでしょ? あの時、誰といたの?」


 今日の私はおしゃべりだ、と自分で思った。


「…ごめん」


 浮気してたんだ、と私は思った。


「でも浮気はしてない」


(浮気はしてなかったら、何してたんだろう)


 彼は全てを話してくれるのだろうか、それとも嘘をついてくれるのだろうか。優しい嘘を。


「じゃあ…どこまでしたの?」と聞いた時にファーストフードのドライブスルーに入った。




 意外な選択だな、と思いながら、渡されたチキンフィレサンドを齧った。


 しばらく黙っていたけど、彼が話し始めた。会社の後輩で、部署内の飲み会の後、相談があると言われて二人でバーに行っていたこと。終電がなくなって、タクシーで彼女を送っていったことが何回かあったと説明した。


「浮気はしてない」


「浮気って、何したら浮気になるの?」と言う台詞をチキンフィレを食べながら言うので、なんだか暢気な声になってしまう。


 優しい人だから後輩に頼られて断れなかったということは充分に私は推察できた。


「セックスは駄目でしょう? キスも駄目。抱きしめるのも駄目。手を繋いだり、肩を抱いたり、腕を組んだり…相手が怪我した時みたいなやむを得ない場合で触れあうのは浮気だと思うの。本当にしてない?」


 黙り込んだから、何かしているらしい。きっとセックスしなければ大丈夫だと思ったのかもしれない。


「だって、私が男の人と手を繋いだり、腕を組んだりって…していいの?」とウーロン茶をストローで啜りながら聞く。


「気持ちがなかったから…。でも手を繋いだり、腕を組むってのは気持ちがあるから」


 キス…したんだか、されたんだか、分からないけれど、素直な夫はそう言った。


「ふうん。気持ちねぇ。じゃあ、後輩の相談に乗ったのは義務感だから?」


「…なんか…ほっとけなくて」


 家族はほっとかれたのに? とさすがにむっとした。


「っていうか、そっちの好きな人って誰?」


「いっぱいいるよー。絵画教室の人、親切だし」と私が言うと、あからさまに安心したような顔をした。


 私が適当に言ったと彼は思ったのだ。


「飲むのはいいけど、あんまり遅くならないように」


「私も相談に乗るかも知れない。終電がなくなって、タクシーで送るかも」


「なんで、女性が送るんだよ」


「相手が女性だったら、そうするかも」


 またさらに安心したように笑った。彼は自分の過去をさらけ出したと思ってすっかり気分が晴れたようだった。


 車は高架下を通ってUターンした。


 日差しは強くアスファルトを照らして、まだ夏のような気分を消してくれなかった。

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