第58話
手紙
採用試験一次は通ったものの、二次の面接で私は緊張して、声が震えてしまい、そして上手くk答えようとして、空回りして落ちた。一次が通って、嬉しくて、嬉しくて、どうしても通りたくて緊張した結果、講師をしつつ、来年チャレンジすることになった。
「あー、あー、もー、最悪。私の馬鹿。最悪」
別れたとは言え、笙さんが心配してくれていたから、結果をメッセージで送る。
「大丈夫?」と秒で返ってきた。
「…じゃないですけど…。来年頑張ります」と返信した。
「何か美味しいもの食べに行こう」
「また甘やかして…。駄目です。行きません」と頑なに断る。
本当は行きたい。行って、話を聞いてもらって、できたら優しくして欲しい。今ですらそんなことを思ってしまうのだから、
「そっか。ごめん」と言って、ハーゲンダッツのアイス券を送ってくれる。
もう、本当にどこまで…、と思いながら『ありがとう』スタンプを送っておく。笙さんの優しさは本当に大好きだけど、これ以上、と私は決めている。
「はぁぁぁ」と私は声に出してため息を吐いた。
奈々ちゃんや桃ちゃんが残念会を開いてくれる。今日はちょっと大人のイタリアンレストランだった。三人でスパークリングワインのボトルを開ける。
「どうして面接の練習しなかったのよ?」と桃ちゃんに怒られた。
「だって、一次通るなんて思ってなかったの。だから…二次の面接まで…」
「でも二次まで時間あったでしょう」とさらに怒られた。
「まぁまぁ、今更怒っても、また来年だからね」と奈々ちゃんが私の肩を抱いてくれる。
「奈々ちゃん」と私は涙目になる。
「よしよし。私は永遠に絹を甘やかすからね」と言ってくれる。
「もう、私だって、絹にほら」と桃ちゃんが生ハムが刺さったフォークを突き出してくれる。
私は生ハムを食べながら、涙を零す。
「どうしたのよ?」と二人に訊かれる。
「だって、もう…卒業の年だから。本当にもう会えない。ってか、最近会えてなかったし」と言うと、二人が困った様に笑う。
「絹…いつか、言ったよね。一緒のマンションに暮らすって」と奈々ちゃんが言う。
「うん? でも」と私が言うと、奈々ちゃんは携帯を操作して、私に見せる。
「このマンション見て。絹が描いたマンションに似てない? 新築だって」
住宅情報のあるページを見せられる。
「これ…」
「本当は彼と一緒に住む家を探してたの。そしたら…なんか前に絹が描いてたマンションにそっくりだなぁって」と奈々ちゃんが言う。
桃ちゃんも横から覗き込む。
「一階に私が住むやつ?」と言う。
私は住所を確認した。掲載されている住所はぼやかされていたが、大体の住所はあの場所の範囲だった。
「大きなベランダがあって、いいと思わない?」と奈々ちゃんがさらに写真を大きくしてくれる。
「…す…翠さん」
私がそう言うと、二人は「はあ?」と聞き返した。
「この建物、翠さんが作ったやつ」と言った。
間違いない。大きなベランダ、住所、外観、全てあの模型と同じだった。
「え? これ、翠さんが作ったってこと?」と奈々ちゃんは驚く。
「この家の模型を一緒に作ったことがあって」
「帰って来てるのかな?」と桃ちゃんが言う。
「…それは分からないけど。私、見に行きたい。この建物を」
「…まぁ、それはいいんじゃない?」と桃ちゃんが言う。
「でも場所、分かるの?」
「…多分。前のアパートの場所じゃないかな。奈々ちゃん、このアパートいいよ。私…知ってるから。本当に素敵だと思う」
「え? そうじゃあ、内覧予約しようかな」と言った。
胸がどきどきする。きっと翠さんだ。間違いない。
「絹…今すぐ行きたそうな顔してる」と桃ちゃんに言われる。
「うん。行きたい」
「じゃあ、行っておいで。私たち、ここで待ってるから」と奈々ちゃんが言う。
「え? いいの?」
「いいよ。遅かったら場所変えてるから。連絡する」と桃ちゃんも言ってくれる。
「ありがとう。あの、夜の写真も送るから」と言って、席を立つ。
お金を払おうとしたら、二人に断られた。
「ワイン一杯と生ハム一枚だけじゃん。また今度」と桃ちゃんが言うから、二人に頭を下げて、お店を出る。
お店を出ると、私は駆けだした。
翠さんが作ったマンションが存在している。あの時、二人で作った模型。島田さんが作ってくれたんだろうか。電車に乗っている間も足が震える。
見覚えのある駅に着いた。私は飛び降りて、改札に向かう。何度もくぐったこの改札。湊と待ち合わせたことも、夜、翠さんの家に向かう時もここを通った。二年経つと、駅前の店が多少変わっていた。流れた時間を感じる。それなのに私はずっとあの時から、鈴音ちゃんのお葬式の時から、ずっと――。
動けないのは私の方だった。
あの小道が見える。私はそのまま吸い込まれていき、空き地になっているはずの場所に急いだ。
そこには玄関の明かりだけがともっている新築のマンションが建っていた。模型と同じマンションだった。裏手に回って見上げる。翠さんが言っていたテレコになったベランダ。大きな木はさらに成長していた。
「翠さん…。やっぱり素敵だよ」
しばらく眺めて、私は玄関に戻った。島田さんの家の呼び鈴を鳴らしてみようかと悩んでいる時、後ろから声を掛けられる。振り向くと、知らない男性だった。
「うちに何か?」
玄関を塞いでいて、私は慌てて横に避ける。四十代半ばの男性で、スーツを着ている。
「あ…島田さんですか?」
私をまじまじと見て、少し考えて答えてくれる。
「…伯母に用ですか?」
「はい。いらっしゃいますか?
「伯母は…今はちょっと…旅行中です」
「旅行中ですか。夜分、すみません」
「いえ。あの…何か?」
「あの…あのマンションの設計した長谷川さんの知り合いで…。このマンションを設計してるのを知ってたので、見に来たついでにご挨拶しようかと思って」と私は説明する。
「長谷川さん…のお知り合い? このマンションの…模型をご存じですか?」
「えぇ。そうです。模型作りの手伝いをしていました」
「ちょっと待っていてください」と言って、島田さんの甥は家の中に入っていった。
しばらくすると、奥さんらしい人が現れて、中に入るように言われる。穏やかな女性で私を見て、微笑んでくれた。
「え、でも…」
「いいんですよ。ちょっとお渡ししたいものもありまして」と言われる。
家の中には中学生くらいの女の子が二人いて、私を見て驚く。
「ママ? お客さん?」
「そうなの。ご飯食べてしまいなさい」とそう言って、私をリビングに案内する。
私は落ち着かない気分で勧められたソファに座る。
「あのマンションの設計した人の…お友達でいらっしゃいますか?」と奥さんは遠慮がちに聞いてくる。
「あ…知り合い…かな? 私の従姉妹の恋人だったんです。従姉妹は…若くして亡くなってしまいましたけど」と言うと「ああ」と声を上げる。
私が驚いて奥さんを見ると「鈴音さん? 義母から良く聞いてました」と言う。
「そうです。鈴音ちゃんが私の従姉妹です」
しばらくすると、島田さんの甥っこさんが白い封筒を渡してくれた。宛名は私の名前が書かれている。そして差出人は長谷川翠となっていた。
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