第17話
砂糖菓子の後味
合コンは折角の夏休みだからと言う事で、海でバーベキューになった。私と桃ちゃんは事前に水着を二人できゃあきゃあ言いながら選んだりした。湊のことは言ってない。言うと愚痴になりそうだった。
それなのにするどい桃ちゃんは
「なんかあった? テンション高いね」と言う。
「えー。なんか海行くのは楽しみだし…」とごまかした。
「そうだね」と桃ちゃんが笑ってくれる。
私も桃ちゃんに向かって微笑んだ。いつか二人とも心から笑える日が来るって私は思うから。
当日、駅まで奈々ちゃんの先輩の友達が車で迎えにきてくれて、私と桃ちゃんは後部座席に乗った。奈々ちゃんと先輩はいっしょの車で荷物を運んでくれている。
奈々ちゃんと先輩の高校の時の友達らしく、二人ともすごく落ち着いた人たちでほっとした。二人とも同じ大学の理系で、私には分からない研究をしているけれど、面白く話してくれた。
「菌と同居生活十一日目」とか
「今日、久しぶりに太陽の光を浴びるかもしれない」と言うのでおかしくて笑った。
その上、車の中は居心地がいいようにエアコンから、音楽まで気配りしてくれてありがたかった。運転してくれている人が
「俺、マネージャー。運動できないから」と笙さんは言う。
「俺は永遠の補欠」と英さんも笑いながら言う。
「でもあいつといるのが楽しくて引退までいたけどね」と奈々ちゃんの彼氏のことを褒めていた。
「恋人はいますか?」と桃ちゃんが速攻で訊く。
すると二人は顔を見合わせて笑った。
「まじで研究室から出てないから。菌の恋人見つけるの必死だから」
「愛情掛けて育ててるバクテリアならいる」
忙しくて恋愛する時間もないらしい。そんな感じで少しも嫌な気持ちにならないまま海に着いた。
日差しが白い砂に反射して眩しすぎて目を細めるけれど、風が海の匂いを運んでくれる。
「海ー」と思わずテンションが上がる。
「ほんと暑いけど気もちいいねぇ」と桃ちゃんも笑う。
奈々ちゃんたちも少し遅れて、やって来た。海の家の更衣室で水着に着替える。
「どうだった?」
「すごくいい人だった」と私が言うと、奈々ちゃんは納得したように頷いた。
「先輩にほんとうにいい人連れて来てもらったから」
「ほんと、落ち着いてて、良かったよ」と桃ちゃんも言う。
「絹ー。やっぱり可愛い水着選んだんだねぇ」と奈々ちゃんに抱きしめられる。
「普通のギンガムチェックなのに」
「うん、可愛い」と桃ちゃんも言う。
着替えたら、お互い日焼け止めを塗り合いっこする。くすぐったいけど、奈々ちゃんは絶対わざとだ、と私は振り向くと、また抱きしめられる。
「な、なに?」
「湊…女と歩いてるの見た」と奈々ちゃんが耳の横で言って、泣き出した。
「え?」と桃ちゃんが驚いた声を上げる。
「あの子、同じ学部の…湊の友達じゃない? 見たことある」と奈々ちゃんが言う。
「…うん。そうみたい」
「そうみたいって」と奈々ちゃんが私の顔を両手で挟んだ。
日焼け止めクリームの匂いがする。
「性欲に負けたんだって」と私は笑うのに、奈々ちゃんの涙が止まらない。
「そっか」と桃ちゃんの方が冷静だった。
「奈々ちゃん、泣いたら、化粧崩れるよ」と私が忠告する。
「スーパーウォータープルーフだもん」と言ったものの、泣くのを止めた。
「だから吹っ切れた顔してるんだ」と桃ちゃんが言う。
「うん。もう吹っ切らなきゃね。さすがに」
「じゃあ、楽しもうか」と泣いてる奈々ちゃんの肩を桃ちゃんが叩く。
二人ともナイスバディで大人っぽい水着だった。桃ちゃんはブラックのセパレートでレースのパレオを巻いている。奈々ちゃんは反対に白のホルターネックの水着にショートパンツを合わせてすらっと長い足をみせている。
海辺にテント張ってバーベキューしたけれど、暑くて食欲が出ない。海に入って、体を冷やすことにすると、桃ちゃんも付いてきてくれる。
「海はひろいな、大きいな」と桃ちゃんが歌い出す。
「月はのぼるし、日が沈む」と続きを歌った。
「さて、絹はどっちがいい?」
「え?」
「笙さんか、英さんか」
「どっちって…決まってないよ。桃ちゃんは」
「うーん。私は…そうだなぁ…。笙さんかなぁ。でも英さんもいい。決められないから絹の好きじゃない方でいいよ」って言うから、私は海の水を桃ちゃんに掛けた。
「どっちでもないよー。二人ともいい人だし。って言うか、好かれてないかも」と言うと、桃ちゃんから水が返って来た。
「そんなことないでしょ」と桃ちゃんがさらに水をかけてくる。
目に入って痛いし、しょっぱい。
「湊よりいいじゃん。体もいい」と追い打ちで水が飛んできた。
お互い水を掛けあう。
「変態。桃ちゃん」
絶対、髪ベタベタになる。水を掛けあっていると、他の人も入ってきた。
「楽しそう。ビーチボールしよう」と笙さんが持ってきたビニールボールが空に高く上がった。
海の中に体を入れているので、動きづらいけれど、みんなで真剣にビニールボールを追いかけていると、意味もなく楽しくなってくる。私が取ろうとして、足を滑らせ後ろに倒れて海の中に入ってしまった。
「あ」と言った時は青い空が水面を通して見えた。
すぐに隣にいた笙さんが掬いあげてくれる。塩辛い海水を飲んでしまって咳込む。
「大丈夫? ちょっと休んだら?」と言って、一緒にテントまで行ってくれる。
水を渡してくれて、自分のタオルを私の肩に掛けてくれるとどこかへ行ってしまった。
もらった水を飲みながら、視線を海にやると、きらきらした光の海が眩い。まだ他の人たちは楽しそうにボールを高く打っている。それを見ていると、空腹を感じて、バーベキューの網に乗った焦げたウィンナーをつまんだ。炭火の匂いがするウィンナーを食べながら、ぼんやりと眺める。
「お腹空いた?」と笙さんがかき氷を買ってきてくれた。
「あ…。はい」
恥ずかしくなったけど、齧ったウィンナーを戻すわけにはいかず、そのまま食べる。
「…今日さ、
「え? 何か聞きましたか…」
「彼女の大好きな友達が失恋したから…一緒に遊ぼうって。裕の彼女もいい子だよね」
ウィンナーがなくなるのを見計らってかき氷を渡してくれた。
「ありがとうございます。奈々ちゃんも桃ちゃんもすごく心配してくれて」
イチゴにミルクがかかっている。冷たくてさっぱりして美味しい。
「笙さんは戻らないんですか?」
「俺、マネージャーしてたって言ったっしょ? 運動苦手」と言うから私は笑いながら「忘れてました」と言う。
「その彼と付き合いは…長かったの?」
「…長くないです。二月からだからたった五カ月で…」
「そうなんだ」
そうだ。たった五カ月で私は湊といろんなことを経験した。
「何もかも初めてで…あんまりうまく付き合えなかった…な。距離の取り方も分からなかった。離れない方がいい時に離れて…」と私は海を眺める。
「難しいよね。他人だから」
「何だか、好きって気持ちも今となっては分らなくて…ただ苦しいだけで。…でもこうして私のことを気にかけてくれる友達がいて…。幸せだなって。きっともうすぐ前を向けると思うんです。そう…しなきゃって…」
「前を向く…かぁ。ほら、横見てよ」と笙さんが言うから、私はきょろきょろした。
「横?」と笙さんと目が合った。
「バクテリアと日々暮らしてる男がいるだろ?」
笙さんはにっこり笑って「頼ってよ」と言ってくれる。
「バクテリアは嫉妬しませんか?」
「するかもね。毎日べったりだから」と笑った。
笙さんと連絡先を交換した。しばらくするとみんなが海から戻ってきた。きっとお腹空いていたんだろう。みんなで冷えて固い肉や、焦げたソーセージと野菜を食べる。美味しいとは言えなかったけれど、それでも何だか楽しかった。
そしてシャワーを浴びて着替える時に桃ちゃんからも、奈々ちゃんからも笙さんとどうなったのか聞かれた。連絡先を交換したというと、なぜか二人が「きゃー」と言う。
「じゃあ、付き合うの?」と奈々ちゃんが訊く。
「うーん。分かんない」
「そうよねぇ。絹は今、それどころじゃないと思う。でもデートくらいはしたら?」と桃ちゃんからアドバイスをもらった。
「うん。…なんか、いい人だなぁって思うんだけど、でもちょっと…怖い」
「笙さんが?」と奈々ちゃんが驚いて言う。
「ううん。笙さんがじゃなくて…恋愛が。たった五カ月しか付き合ってない湊とのことがこんなに苦しいから…。また駄目になったら…って思うと、動けないよ」
二人が心底深いため息を吐く。
「湊めー。トラウマを絹に植え付けてくれたなぁ」と奈々ちゃんが怒る。
「…ゆっくりいこ」と桃ちゃんが私の肩を抱いてくれる。
「桃ちゃんは?」と訊いてみると「ぼちぼち」と言った。
帰りの車は私が助手席で、笙さんが運転手。桃ちゃんと英さんは後部座席だった。
「これ、家の親父の車で助手性に女の子乗せるんだったら貸してやるって言われてるから、絹ちゃん乗って」と言われたのだ。
それでも少しも気まずくなることなく、後部座席の二人も話に加わってくれて、行きと同様、楽しい時間を過ごせた。
駅で桃ちゃんと二人で降りた。
「また、遊ぼう」と笙さんも英さんも言ってくれる。
「バクテリアによろしくー」と二人で手を振って車が走り去るのを見送った。
「さて、会議よ」と桃ちゃんに言われて、私たちはファーストフード店に向かった。
夜のファーストフード店はそこそこ人が多かった。お腹が空いていた私たちはハンバーガーセットを食べる。
「桃ちゃんはいい人いた? 合コンの人は?」
「合コンの人はメールしてる。でも英さんはなかなかいいよね」と好感触なことを言うのに、少しも笑っていない。
「好きになれそう?」と私が聞くと、桃ちゃんは笑おうとして、涙を零した。
「…私も絹と同じだよ。もう恋するのが辛い」
五カ月の私でも辛いんだから高校生からの付き合いだった桃ちゃんはもっと辛いはず。私たちは愛されて、愛してたはず、甘い砂糖菓子を口いっぱいに詰めていたはずなのに、今は苦い後味が残っているだけだった。
それを知ってしまって、怖くなった。美味しい甘いお菓子だと思って手をだしたら、後味が悪すぎる。
「…桃ちゃん。私はずっと大好きだから」
恋はいつか終わるもの。永遠なんて私は信じられなかった。
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