第5話

「なにしてんの、椿」


お陰様で、周りからの視線が倍になったんだけど。



「なんもないならもう行く、離して」


なにも喋ろうとしない椿だけど、どうやら離す気はないらしい。


抵抗しようとも無駄に終わる。

…なんて力だ。



「アイスなら買ってやる」


「は?」


私は、仕方なく頭だけ奴の方へ振り向く。


大層不機嫌極まりないその顔。


それでも十分なほど、男らしくて綺麗な顔だ。


「あとでな。今はこれで我慢しろよ、我儘女」


バッと、今度こそ勢いよく私は奴に拘束されていた体を離す。


我儘女って椿の発言に一言文句言おうと口を開こうとした時、


「んぅ」

一瞬私は目を見開く。


奴はなにかを私の口へ突っ込んだ。


甘い砂糖とオレンジの味が口いっぱいに広がる。

いつも貰う飴玉の味。


「怒んなよ、里奈子」


先程まで不機嫌だったその雰囲気は奴には消え去っており、いつもの椿に戻っていた。



「怒ってないし」


ふいっと私は、奴から顔ごと逸らし、

今度こそ私はじぶんの教室へ戻ろうと足を進めた。



「サボんなよ」


最後まで私を馬鹿にするらしい椿の言葉を振り返らず聞きながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る