第40話

誤解


 しばらく沈黙した後


「知らなくていい話だ」とあの人は言った。


 俺はあの人を見て言った。


「それはあなたが決めることじゃない。莉里は…今も苦しんでる」


「言って、莉里が苦しむだけだ。特に…律には…知られたくないことだと思うから」


 それで大体は想像ついた。


「莉里が覚えているという可能性は?」


「…ないと思う。小さかったし、何も…喋らなかった」


「それは…喋れなかっただけでは?」


 小さな莉里が何をされているのか分からなくて、上手く説明もできないのは分かる。


「…それは…そうかもしれない」


 多分、莉里はその時、不安定な状況になったのだろう。だからあの人もこっちに来なくなって、莉里に付き添っていた。


「だから他の男は深層意識で苦手になって、俺は小さかったから、特に不安を抱いていなかったから…」


「でも本当の姉弟では」


「分かってます。だから…莉里の傷を癒せるのは俺だけだと思ってます」


「…莉里を…どうするつもりなんだ?」


「どうするって…」と俺は全く理解しない石頭っぷりに少し笑ってしまった。


 それが良くなかった。


「絶対に認めないし、莉里を…連れて帰る」と言い出した。


「それで良くなると思いますか?」


「莉里は…」と言った時に、莉里が息を切らせて戻ってきた。


「律に話って…」と莉里が言う。


 頬を上気させた莉里は綺麗だった。


「別れろって」


 そう言ったら、莉里は俺が関係をあの人にばらしたことも何もかも理解したようで、固まっていた。その様子を見て、あの人も肉体関係があったことを理解して、俺の方を怒りを込めた目で見て言った。


「そんなに私に復讐したいのなら、違う方法だってあるだろう。莉里を利用するなんて」


(利用? そんなことしてない。でも…)


「これで初めて、苦しんだんじゃないですか?」と皮肉な気持ちで笑ってしまった。


 それで莉里を誤解させてしまった。


 黙っていた莉里が部屋を突然出て行く。俺が追いかけようとした時、あの人に手を掴まれた。

 

「本当に、本当に、お前たちは…」


「そうだよ。離してくれ」と言うと、殴られた。


「莉里を…」ともう一度殴られそうになったが、手が力なく落ちた。


 口の中が切れて、鉄の味がした。



「本当に…愛してるのか?」


 何だかあの人が言う『愛してる』は陳腐に聞こえる。それでも俺は莉里のために、一旦、立ち上がってから、土下座をした。


「莉里が…だれかを愛することができるまでは…側にいさせてください」


 半分は本気だった。莉里の幸せを思うのは誰よりも俺だから。


 莉里は強いストレスが原因で耳が聞こえなくなってしまった。


 俺が原因だ。莉里を利用して、あの人に復讐したと思われたから。

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