第39話
暗部
アルビンには聞きたいこともあったから、俺は打ち明けた。実の姉、莉里が好きだということを。父親が同じで異母姉弟だと言った。スウェーデンだったら結婚できるのを知っていた。そんな場所が世界にあるのか調べたことがあったからだ。
「そうか…」と言う。
「スウェーデン国籍が取れたらいいんだけどね」
「スウェーデンの人と結婚する以外は…労働ビザを持ってて、四年間住んで…永住権、さらに一年…だったかな。君なら無理な話じゃないと思うけど?」
「…うん。まぁ、まだここで勉強したいことがあるし、それは最終的にそうしようかと考えてて。それに…莉里が他の人を好きになるかもしれないしね」
「…そうかなぁ。彼女、君がいないとすごく淋しそうだったよ」
「え?」
「君がいない時はすごく落ち込んで、すぐわかるくらいね」とアルビンが言う。
「…それは…」
「まぁ、いろいろあると思うけど君たちは結婚しなくても、もう血縁なんだって思ってもいいかもね。手術の同意書だってサインできるだろうし。国籍のことは君が言うようにまだ先でもいいかもしれない。もちろん僕の国は素晴らしいから、おすすめするよ。一度遊びにきてよ」
「…うん。行きたい。一日中昼とか…夜とか…不思議だから」
「綺麗だよ」
アルビンはマイナス面があっても、そのことは口にしない。それは物事でも人でもそうだった。
「ありがとう。また相談させてもらうかも…」
「ぜひ、いつでも来て。僕のマシューがお邪魔してるようにね。気兼ねなくおいで。フェット(パーティー)にもおいでよ」
「あれはうるさすぎるよ」と言って、席を立った。
莉里と俺は結婚しなくても、血縁関係がある…か、と心の中で呟いた。考え方ひとつで何とかなるもんだな、と笑う。もちろん現実的には問題解決されてないけど、気にしないことができそうだった。
莉里を置いて、地方に向かうときはアルビンの言葉が胸に蘇る。
「莉里、すぐ帰ってくるからね」
「うん。頑張って。私も勉強、頑張るから」
「ビデオ通話もするから。夜は家にいてくれる?」
「うん。どこにも行かないし…」
「もちろん、出かけてくれていいんだけど」
「その時は連絡するね」
俺は何度も莉里を見たけれど、別段、変わった様子はない。アルビンがからかったのだろうか、と思った時、莉里からキスされた。
「いってらっしゃい」
「莉里? 行ってきます」とドアを開けて出る。
やっぱり淋しいのかな、と振り返る。
いつも通り微笑んでいる。
「じゃあ、行くね」と俺はエレベーターの前までスーツケースを押して、もう一度、振り返るとドアがいつまでも開いて、その隙間から莉里の顔がのぞいていた。
荷物をその場に置いて、俺は引き返す。
「忘れ物?」
莉里にキスをして「行ってきます。すぐ帰るから」と言うと、莉里の目から涙が零れた。
「あ、ごめんなさい」と慌てて手の甲で拭う。
「いつも…泣いてたの?」
「ううん。そんなことない」
すぐにわかる嘘だった。
莉里曰く、いつも俺が出て行くと、もう二度と会えないような気持ちでいっぱいになると言う。あの時、お別れしたのが強い記憶として残っているようだった。
「大丈夫。もう置いていかないから」
そう言って、安心した顔を見て、出ていった。安心した顔を俺が見たいだけで、そんなことを言わせてしまったかもしれない。
結局、泣いてるかもしれないな、と思った。
後少し、莉里を連れて世界を回るまで、まだ少し。
順調に前を向いている頃に、あの人から連絡が来た。ロンドンに仕事に来たから、ついでに寄るという。
本当に勝手だ、と思った。
隣に住んでいると思っているらしく、莉里を連れて帰ると言う。莉里はまじめに学校に通っているというのに、とため息をついた。
あの人は時間通りに来る。そういうことはきっちりしている。
部屋に入った瞬間、莉里がこの部屋にいることが分かったようだった。
「まさか…」とあいさつの前に言われてしまった。
玄関に莉里の靴が置かれている。隠しておけば良かっただろうか、と思ったが、遅かれ早かれ、いつかはばれる。それに腹を割って話したいこともあった。
「いつからだ?」
「いつから?」
オウム返しに聞いた。いらっとした顔を見て、俺は嫌な人間だけど、愉快になった。
「いつから付き合ってる?」
「男女の関係? …つまりセックスしたってこと?」
口に出したら、かなりのダメージを受けたようだった。
「…本気か?」
殴りかからん勢いだ。
「本気だったら?」
「そんなこと許されるわけないだろう?」と胸ぐらを掴まれる。
「…じゃあ、許されたんだ。あなたがしたことは許されるんだ」と俺はあの人の手を掴んだ。
さらに胸ぐらを掴む力が強くなった。
「莉里は…男性が怖いんです。知ってました?」
「え?」
「まともなお付き合いできないんです」
それで力なく手を解いて、俺を見た。
「何があったんですか?」
視線は床に落ちていた。
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