第21話
再会
莉里を空港まで迎えに行った。そんなことまでする自分に驚いたけれど、これは復讐なんだと必死で言い訳をする。大きなスーツケースを押しながら出てくる莉里は一目でわかった。七年会っていないから、変わっているだろうとは思ったけれど、それでも分かった。元々美少女だったけれど、あの頃よりずっと綺麗になっていた。
到着口で不安げに立っている姿がそこだけ浮かび上がって見える。声をかけるのに躊躇してしまうくらいだった。莉里は俺のことが分からないようで、困った顔であたりを見回していた。
「莉里ちゃん」と呼びかけると、安心したような顔をした後、目を大きく開けて、驚いていた。
身長も伸びていたし、もちろんあの頃と違って、男性的に成長していた。
「り…っちゃん?」
「疲れた? バスでオペラ座まで行く? タクシーだと結構取られるよ」
俺は何事もないように振舞って歩く。
「あ…うん」
莉里もそれについてくる。
「でも…」
「何?」
「びっくりしちゃった」
「え?」
「かわいかったりっちゃんが…大きくなってて」
「そりゃ、そうだよ。七年って、赤ちゃんが小学校に入る年齢になるからね」
「…そっか。あ…私はそんなに大きくはならなかったけど」と相変わらず天然発言をする。
「莉里ちゃんはとってもきれいになったよ。あの頃もそうだけど」
そう言うだけで顔を赤くする。莉里は誰かと付き合ったことはないのだろうか、と思ったが、聞かなかった。こんなに綺麗な女性が誰とも付き合わないことはないだろう。考えたくなくて、聞かなかった。
「お腹空いてない?」と聞くと「機内食食べて…。でも眠れなかったから…」と言う。
「家に着いたら寝たらいいよ」
「うん。ありがとう」
「スーツケース押すよ」と言って、俺は莉里の手からスーツケースを奪った。
あの頃は莉里が手を引いてくれたのに、と思うと懐かしさがこみ上げてくる。莉里は何にも考えてないような顔で俺の後をついてくる。ずっと変わらず純粋で、鈍感で、優しいままのようだ。
バスの中でも眠ってしまって、オペラ座からタクシーで家まで向かった。莉里は相当眠いのかふらふらしている。こんな状態で一人でフランスに来るなんて、襲われるかもしれないのに…と俺は心配になった。
そしてシャワーを浴びると、そのまま俺のベッドで寝てしまった。
「無防備にもほどがない」
俺は復讐をしようと思っていたのに、こんな莉里を見たら逆に心配になった。綺麗な寝顔をしばらく眺める。
隣のリビングでピアノを弾いても少しも目を覚まさない。本格的に心配になる。深いため息をついて、俺はソファベッドに横たわった。莉里の寝息が聞こえてくる。長い夜になりそうだった。
朝、莉里が目を覚まして、こっちの気配を伺っている。俺はピアノを弾く手と止めた。
「りっちゃん。ごめん。昨日、なんか寝ちゃって…」
「いいよ。お腹空いた?」
「…うん」
「一緒にパン屋さんに行く? 場所とか分かんないよね?」
「え? いいの?」
パジャマを着た莉里はそろりそろりとこっちに来る。嘘みたいだ。ずっと想っていた莉里が自分の部屋にいるなんて、信じられない。
「りっちゃん。何か作ろうか?」
「…冷蔵庫、チーズしかないけど」
「え?」
驚いている顔、心地いい声…幻のようだった。
「ご飯は作らないから…」
「…りっちゃん」
心配するように覗き込む瞳に俺が映っているなんて。
「着替えるから…」と言って、立ち上がると、莉里は少し後ずさった。
「うん。私も…」
「じゃあ、先に洗面台使う?」
「あ、どっちでも」
七年ぶりに会うからお互い距離がある。でも手を伸ばせばすぐそこにいるなんて、と思わず手を伸ばしてしまった。触れる寸前で、俺は手を下した。
「莉里ちゃんが先に使って」
「あ、うん。…ありがと」と言って、慌てて洗面台に向かった。
昔は莉里の方が背が高かったのに、俺の方が大きくて、莉里が小さくなったような気がする。昔は俺を引っ張ってたのに、今は少しおどおどしているようだった。
莉里の隣でゆっくり歩くと、空が綺麗に見える。
「りっちゃん、スーパーも教えてくれる?」
「いいよ。すぐ近くだから」
パン屋が近づいたから、指を差して「あの赤い看板が出てるところ」と教えた。
生真面目な顔でその指先を見て、頷く。その日は結局、カフェで朝ごはんを食べて、スーパーに寄った。
そうして二人の生活が始まった。莉里は俺に遠慮して、昼間は家からいなくなる。家探しをするという。見つからないといいな、と思いながら、俺は送り出していた。
だってこれは復讐だから。
じっくり、ゆっくり…時間をかけて実行する。
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