第19話
遠い初恋
人間は慣れる生き物で、どんなに淋しくてもそれが続いて行けば、それが日常で普通になっていく。私は八月の最終水曜日に川上さんからコトちゃんを預かって、朝から遊園地に向かった。ちゃんと夏樹は約束通り駅で待っていてくれて、三人で遊園地を回った。私が苦手なジェットコースターは夏樹が一緒に乗ってくれたし、夏樹が苦手なお化け屋敷は私とコトちゃんと二人で入った。
お昼も早めにレストランに入ったから空いている。キャラクターのランチを注文してコトちゃんは楽しそうだった。
「ねぇねぇ、これ、おいしいよ」と言うから、その可愛い笑顔を写真に撮って川上さんに送ってあげる。
ついでに動画も撮るから「パパに一言」と言うと、コトちゃんは少し考えながら
「パパ、楽しいよ。今度はパパも一緒に来ようね」と可愛い笑顔で話し出す。
それを見ていた夏樹が突然言った。
「なんかいいなぁ。コトちゃん可愛いし。俺、結婚したくなったかも」
「とりま、夏樹は働け」と私は言う。
「…それなぁ。俺…休学して留学するわ」
「そっか。体に気を付けて」
「おいおい。気が早いだろ。来年だし。まぁ、だからさ。前に聖が言ってた友達、期間限定でなってやるよ」
「なんで、そんなに上から目線なの? ってか、もう友達じゃん」と私が言うと、夏樹が笑った。
そしたらコトちゃんもなぜか笑い出す。
「お友達、仲良しだね」
天使のコトちゃんに言われたら、夏樹も素直に頷いた。
そして夕方まで遊んで、小さなマスコットを夏樹がコトちゃんにプレゼントしていた。
「聖はいる?」
「いらない」
そして私たちは帰路についた。電車で反対側のホームにいる夏樹にコトちゃんは何度も、何度も手を振る。
「電車でお別れするの…淋しいね」と言って、ホームに入ってきた電車に乗り込む。
私はコトちゃんの幼い横顔に、かつての記憶を重ねる。思わずつないだ手をぎゅっと握る。するとコトちゃんは私を見上げて微笑んだ。
「聖ちゃんとはずっと一緒だから嬉しい」
同じ家に帰るのだから、それはそうだ、と思いながら私も微笑む。
何の心配もなくこうして二人で家に戻れることがどれほど幸せなのか私は知らなかった。
「今日は何作ろうか」
「うーん。聖ちゃん、疲れたでしょ? パパに頼もう」と言って、鞄から取り出したスマホでパパにメッセージを送っている。
しばらくやり取りをして、私の方を見た。
「聖ちゃん、家でご飯食べてね。パパがハンバーグ作ってるから。パパのハンバーグは大きいの」
「手が大きいからかな」
「うーん。多分、そうかな」
他愛のない話をしながら、電車に揺られて帰る。こうして一日、一日過ごしているうちにきっとコトちゃんは星さんのことを忘れるだろう。一体、どうやって出会うのだろう。星さんが今、生まれても七歳下になる。恋愛になるのだろうか、と私は首を傾げる。
「聖ちゃんは何が好き?」
「え?」
突然聞かれて、私は困ってしまう。
「私は星。少しくすんだでも希望のお星さま」
「…私も」と言うと、少し驚いたような顔をしてから、また天使の笑顔を見せてくれる。
「だって優しい星だから」
そうだね。星さんは優しくて、本当に綺麗な心のままで戦争に行ってしまった。
「死んだらお星さまになるって本当かな」
「うーん。分かんないけど、そうかな。きっとお空から見てるんだと思うよ」
そうだ。きっと。成仏した星さんが見ているかもしれない、と私はそう思って、コトちゃんを大切に見守りたいな、と思った。
家に帰ると、本当に大きなハンバーグと卵スープが用意されていた。
「今日はありがとうございました。ほんと、いつも助かります」
「いえいえ。私の方こそ…こんな豪華な夕飯」と言うと、川上さんは笑った。
「パパー、このハンバーグ半分、明日の朝に食べていい?」
「ごめん。コトのはちょっと大きかったかな」
「いいよー。美味しいから。でも半分は明日食べる」と言って、お箸で半分にして、お皿に移している。
川上さんがラップをかけて、冷蔵庫にしまった。
「聖ちゃん、泊っていったらいいのに」とコトちゃんが言う。
「えっと…明日、また遊ぼう」と言うと、少し寂しそうな顔を見せた。
やっぱりお母さんがいないのは淋しいのかな、と思った。川上さんもそう思ったみたいで、少し俯いた。
「じゃあ、コトちゃんが私の家に来る?」
「…え? いいの?」
「いいよー。一緒にお風呂入ろう」と言うと、コトちゃんは明るい笑顔になる。
「え? あ、すみません。なんか…」
「いいえ。私も淋しいなぁって思ってたから。一緒に寝れたら嬉しいです」
「後でお布団運びます」と川上さんが言ってくれた。
「やったね」と私はコトちゃんに言うと「ありがとう。聖ちゃん、大好き」と言ってくれる。
そんなわけで、私のベッドの下にコトちゃんがお布団を敷いて眠っている。すやすや眠る可愛い寝顔を見て、私は幸せだった。
「コトちゃん、ありがとう。私も本当に淋しかったから」
ベランダから見える星を眺める。早く、星さんとコトちゃんが会えますように、と願いを掛ける。黄色いぼんやりした星の光を眺めると優しい星さんを思い出す。
私の初恋は幽霊で叶うはずのない淡い気持ちだった。
(今度は生きてる人でだれか愛せる人を探そう。また丸をつけに来てくれるかな)と少し笑うと、コトちゃんが寝がえりをうった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます