第12話

隣の家族



 コトちゃんとかぼちゃの煮付けを作っていた。星さんからのリクエストだったけど、私も作ったことなくて、ネットで調べながら2人で作る。


 コトちゃんと硬いかぼちゃを切るのに四苦八苦しながら、二人でなんとか切る。


「楽しいね」と言うから私も微笑んだ。


 面取りしたりして、かぼちゃを煮込む。私のスマホが鳴ったから相手を見ると、夏樹だったので無視することにした。


「聖ちゃん、電話いいの?」とキラキラしたお目目で見つめられるから、通話ボタンとハンズフリーのボタンを押した。


「もしもーし。聖、出るのが遅いなぁ」


「あ、聖ちゃん、かぼちゃを料理してるの」とコトちゃんが返事してくれた。


「え? コトちゃん? あのねぇ。この間言ってた遊園地の券があるから行こうって言ってたやつ…いつにする?」と柔らかく声色を変えて夏樹が言う。


 別に行きたいわけじゃないけど、コトちゃんが嬉しそうにしているのを見ると断るのも…と思った。


「バイトのない日、後で送るから、じゃあね」と通話ボタンを押して、電話を終えた。


 星さんがあまり表情を変えずに怒っている。


(そりゃ、夏樹みたいな男に会わせたくないよねぇ。同感)


 それより十子さん家に行くべきだと思って、私はメッセージを送った。


 すぐに返信が来て、すんなりと一週間後に約束が決まった。夏樹は面倒臭かったから、夏休みの最終の水曜日に空いてると連絡しておく。


『もっと暇だろ!』とすぐにメッセージが来たけど、返信はしなかった。


 面倒だなぁ…と思いながら、別れた彼女とお似合いだったかも、と軽く笑った。


「聖ちゃんは夏樹くんと恋人同士なの?」


「それはない。夏樹が振られたから、遊んであげてるの」と言うと、可笑しいと笑う。


「聖ちゃんのパパとママは?」と聞かれたので、遠くで暮らしていることを伝えた。


「会えないの?」


「うん…。学校のお金もかかるし、このアパート代だって必要だし…。さっさと学校卒業して、働いて、自分のお金で会いに行こうと思って」


 私はなるべく親に金銭的負担をかけたくなかった。


「…聖ちゃんも会えないのかぁ…。昨日、パパがママに連絡しようかって言ってくれたけど、断ったの」


「どうして?」


「パパがなんか…嫌そうだったから」


「そんなこと、気にしなくていいのに。私が連れて行ってあげようか? ちゃんとパパに聞いて」


 コトちゃんは少し考えて


「会ったら…淋しくなるから」


 そうだ。会ったら別れる時、きっと悲しくなる。


「じゃあ、会った後は私が待っててあげるから。アイス食べて帰ろう。そしたら少しは淋しくないよ?」とコトちゃんに言う。


「…そうだね。聖ちゃんがずっと一緒ならいいのに」


「それいいねぇ」と笑いながら、私はコトちゃんの頭を撫でた。


 その手に星さんの手が重なる。触れる事ができないのに、コトちゃんを慰めたいのだろう。


「あれ? なんか…温かくなった」


「そう? 摩擦かな?」


 私は気の利いたこと一つ言えない。


「まさつ?」


「こうして…手を…。愛してる」


 思いもしない言葉が口から出た。


「え?」 


 何を口走っているんだ、と思いながらも止まらなかった。


「コト…さん。愛してる…。だから心配しなくていい」


「聖ちゃん?」


「ずっと側にいるからね」


 私の気持ちが押し潰されそうになる。どれほど星さんがコトちゃん、琴さんのことを愛おしいと思っているのか伝わって来る。


「…ありがとう。コト…頑張るよ」


 それが何に対して言っているのか、誰に対して言ったことなのか分からないけれど、私の心は驚くほど凪いだ。


「前にね、一人で遊んでたらね。…星のお兄さんが行ってくれたの。側にいるからって」とにっこり笑って私を見た。


「うん。そうかもね。きっと」


 早くこの二人を現実に会わせてあげたい。




 私は星さんの分を取り分けて、川上さんのところにもかぼちゃを持って行った。今日もご飯を食べようとコトちゃんに誘われたけれど、バイトがあると言って、遠慮した。


 部屋に帰ってかぼちゃとご飯を供えて、


「バイトに行ってきます」と言うと星さんは丁寧に頭を下げて『行ってらっしゃい』と言ってくれた。




 バイト先に夏樹が来ていて、面倒だったけど、特に絡まれることなく、餃子とから揚げとチャーハンを注文して帰って行った。私は久しぶりにカロリーの高い賄い夕ご飯を食べる。店主のおじいさんが昔、満州から引き揚げたというので、中華料理を始めたらしい。かなりいい身分だったそうで、現地でお手伝いさんを雇っていたということだった。その人が料理上手で、それでお店を始めたと教えてくれた。


「じいさん、和食が苦手だって。そっけなくて、なんの喜びもないって言って…」と笑いながらその味を引き継いでいる。


「よっぽど腕のいい料理人だったんですね」と私は小さなお店を眺めて言う。


「どうかなー。普通の家庭の人だと思うからなー。もし本格的な料理人だったら、もっと大きな店になってたと思うよ」


 そうだ。間違いない。このお店は街の中華で、素朴ささえ感じられる。でもお客が絶えないのは、毎日食べても飽きないからだ。


「いいお店です。賄いも美味しいし」


「まぁ、それが目当てで聖ちゃんはバイトに来たんだっけ?」


「そうそう。美味しい賄いがついてるって張り紙に書いてたから」


「餃子、持って帰る?」


「わーい。隣に引っ越して来た親子にあげよう」


「え? 聖ちゃんのところ、シングル向けのアパートじゃないの?」


「まぁ…子どもとお父さんの二人だから。きっとすぐに出ていくと思うけど」


「訳アリかー。じゃあ、からあげもおまけしとく」と言ってくれた。


 美味しいものを好きな時に食べれる幸せを最近、ひしひしと感じる。


「あ、でも温かい方がおいしいかな。ちょっとメールしてみます」


 私はお父さんの方にメッセージを入れた。すぐに取りに来ると言う。お店はアパートの近くなので、十分くらいでパジャマを着たコトちゃんを連れてきた。


「あ、聖ちゃん」


「いらっしゃい。これ。温かいうちにどうぞ」と店主が作ってくれた餃子とから揚げの包みを渡す。


「コトはご飯食べちゃったけど、一個だけもらう」と言って飛び跳ねている。


「…お代をお支払いします」


「あ、いいんです。また良かったら、来てくださいね」


 店主も私がいつもきちんと働いてくれているから、と支払いを断った。困ったような、嬉しそうな笑顔で、川上さんとコトちゃんは出ていった。


 二人の後ろ姿を眺めると、店主は


「男前なのにねぇ。奥さんに逃げられたって」と呆れたように言う。


「逃げられたなんて言ってないのに…」とじろっと見ると、


「女が子どもを置いて行くときは大抵そうだよ。まぁ、後は死別か…」と首を振りながら言った。


 店主の一瞬の洞察がすごくて、私はそっちに驚いた。深夜のお客が数組来た後、お店を閉める。暖簾を外しながら、ため息をつく。コトちゃんのお母さんにも会わせてあげたいし、星さんも。どちらも難しいけれど、とりあえずお母さんの方はどうにかできる手がある。さきにお母さんに会わせるように川上さんに申し出てみようと私は思った。



 深夜、私が帰ってくると、星さんが消えていた。

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