第11話

家族


 琴さんが約束を破ったという灯君は少し考えながら話し出す。


「また会おうねって約束したのに、先にさっさと行っちゃって、それで、戻ってきた」


 先にさっさと行ってっていうのは成仏したってこと? で、戻って来たって言うのは生まれ変わったってこと? と思いながら灯君を見る。


 それで星さんはずっと置いてけぼりを食らっていたのだろうか。


 十子さんが言っていた指切りの約束は「また会おうね」という事だったのだろうか、と考えていると、コトちゃんが目に涙を溜めて言った。


「コト、約束破ってない」


 灯君はコトちゃんを見て


「うーん。そうだね。別の琴さんだね」と言った。


「こと…さん?」


 コトちゃんはその響きに何か不思議そうな顔をした。星さんが琴さんと呼んでいたからかもしれない。


「約束…でも…」とコトちゃんは呟いた。


 そしてふと思い出したように「お墓に行こう、行かなきゃ」と言う。


「そうね。そうだったね」と私は相槌を打ったけど、コトちゃんの切羽詰まった様子が気になった。


「…十子さん。また…遊びに行かせてください」


「ぜひ。光のクラスメイトですし、気兼ねなく来てください」と言ってくれる。


 星さんの過去まで見えてしまう十子さんはすごい。私は姿しか見えないから、霊が分からないことは私も分からない。霊が過去を忘れていたら、私にはお手上げなのだ。


「じゃあ、行きましょうか」と言うと、光君は「えー。まだコトちゃんと遊びたいんだけどなぁ」と言った。


「近いうちに遊びに行くから」と言うと笑顔を見せてくれた。


 そして、そこで解散して、私たちはお寺に向かった。琴ちゃんが教えてくれたので、川上家のお墓は見つかった。


「ここで星のお兄さんにあったの」と嬉しそうに笑う。


 すぐ横に星さんがいるけれど、コトちゃんには見えないようだった。足音がして、振り返ると、この間会った、住職だった。


「あ、こんにちは」と私は頭を下げると、思いだしたのか「あぁ、この間の」と言ってくれる。


 そしてコトちゃんを見て「川上さんとお知り合いですか?」と訊かれた。


「隣に住んでまして」


「へぇ。縁とは不思議なものですね。…そう言えば、川上家に割と若くで亡くなった琴さんと言う方がいらっしゃいますよ。過去帳を見てたんですけどね」


「え? 戦争で亡くなられたんですか?」


「丁度その頃ですが…。どうでしょうね。他の家族は無事のようですから、病気かもしれません」と言った。


「星野家じゃなくて…川上家? 結婚…してなかった…のかな?」と私は不思議になって呟いた。


「昔は結婚と言っても、籍を入れずにいて、子供を産まなかったらそのまま離縁されたとか…ありましたからね。でも…若くになくなってるから…違う人なのかな?」


「え? 子供を産まなかったら…離縁!」


「そういう時代でしたね。子どもを産んでから…籍にいれる…と言う家がね…ありましたね」


 私は口を開けっぱなしになった。琴さんがどうとか吹き飛んでしまった。


「な…」と言ったものの、何を言っていいのか分からない。


「…まぁ、昔の話ですから」と言うと、住職は去って行った。


「聖ちゃん?」とコトちゃんは小さな手で握り返してくる。


「…あ、星のお兄さんはいないね」と言うと、でもコトちゃんは微笑ながら言った。


「でもいつか会える」


 そう言い切るのが不思議で、星さんを見ると微笑んでいた。



 隣同士のお墓で待ち合わせをしていた琴さん。灯君曰く、約束を破って生まれかわったという。どうしてだろう。星さんは約束を守っているというのに。


 私は川上家のお墓に手を合わせる。琴さんはもういなくて、コトちゃんに生まれ変わっているから、手を合わせていいものか悩んだけれど。


「星のお兄さんに会えますように」とコトちゃんは可愛い声で手を合わせながら言った。



 すぐそこにいるのに、と私は切ない気持ちになる。


 そして少しも進まない。成仏問題について。やはりそれは十子さんの力を借りなければいけない気がしてきた。


 私とコトちゃんは手を繋いで帰り、駅前の商店街でコロッケを買う。


「パパもコロッケ大好き」


「じゃあ、パパの分も買おうか」


「うん。ママの作るコロッケ美味しかった…」とふとコトちゃんが言う。


 初めてコトちゃんがママのことを口にした。


「そうなんだ。コロッケって作るの大変だから、ママはすごかったね」


「うん。ママ、料理得意で…先生してた。でもパパより好きな人が出来たって…」とぽつりと呟く。


「そっか。それは…仕方ないね」


「パパ、かわいそう。だから…コトがママと暮らしたら、パパは一人になっちゃうし…」と俯いた。


 ママが恋しい年頃だから、それはそうだろうと胸が痛む。


「コトちゃんは偉いね。でも淋しくなったら、ママに会いに行ってもいいと思うし、私のところに来てもいいよ」


「聖ちゃん。…ママのところには行かない」


「どうして?」


「ママには好きな人いるけど、パパはコトしかいないから」


「じゃあ、パパはすごく幸せだね」

 コトちゃんは私を見上げて不思議そうな顔をした。


「…こんなに可愛いコトちゃんと一緒にいられて」と言うと、コトちゃんは少し考えるように目を動かした。


「…だから早く大人になりたい。ご飯だって上手に作ってあげたいし、洗濯だって、他のお手伝いだって、いろいろたくさん…する」と少し誇らしげに言う。


 あぁ、本当にこの子の心は大人なんだろうな、と私は思った。


「じゃあさ、今日は一緒にご飯を作ろう」


「え?」


「一緒にご飯を作る練習しよう」


「いいの?」


「だってコトちゃんが一緒だと楽しいもん」と私が言うと、コトちゃんは嬉しそうに笑う。


 コロッケは買ってしまったけれど、野菜料理を二人で作ったらいい、と私は考える。


「ねぇ、影を見て。ほら、もうコトちゃんは大人みたいに背が伸びてる」と言うと、コトちゃんは嬉しそうにジャンプする。


 影が一瞬、体から離れる。


「あのね。大人になったらハイヒールとか履きたい」


「いいねぇ」


「聖ちゃんはハイヒールの靴、持ってないの?」


 そう言えば、私はほぼスニーカーで、後はかかとの低いサンダルくらいだった。



 その日の夜はコロッケに茄子の揚げびたしを作って、川上さんのところへコトちゃんと一緒に持って行った。


「え? いつもいつもすみません。あの…これ」と封筒にお金を入れて渡してくれる。


「いえ、あの…そんなつもりじゃなくて」


「受け取ってください。シッター代でも安いですし、こんな…僕のご飯まで」と言われたらそのまま受け取るしかなかった。


「じゃあ、またね。聖ちゃん」と可愛い笑顔を見せてくれる。


「明日も来ていいよ。夜はバイトだけどね」と言うと、コトちゃんは嬉しそうに微笑むと手を振って、自分の部屋に戻って行った。


 川上さんも頭を下げて、戻ろうとするから「あの」と声をかけた。


 そしてさっきもらった封筒を差し出して


「コトちゃん、ハイヒールの靴に憧れてるみたいです。これで買ってあげてください」と言った。


「ハイヒール?」と不思議そうな顔をする。


「女の子って、ハイヒールとかお化粧とか小さい頃から憧れるもので…」と言うと「そうですか」と驚いたように目を丸くする。


「あの…だからこれで」と言うと


「大丈夫です。ハイヒールの靴を買えるくらいには回復しました」と封筒を押し返された。


 少し話を聞くと、奥さんの実家からお金が半額ほど返金されたらしい。


「まぁ、良かったですね」


「えぇ。助かりました。それに…なぜか事業も上手く行き始めて」


 不思議なことがあるもんだ、と星さんを見たら、目を逸らされた。


「…それもこれもここに引っ越してきたからかなって。七瀬さんにコトを預けてから、あの子の笑顔も増えて…、頑張る気力も出てきて」と川上さんが言う。


「私は何も…コトちゃんが可愛いから…つい」


 そしてお母さんを少し恋しがっていることを伝えておいた。もし会えるのなら、会わせてあげてもいいのかもしれない、と。


「…そうですね。でも…」


 難しい顔をする。夫婦のことは夫婦にしか分からない。でももしコトちゃんが会いたいという気持ちがあるなら、できれば叶えてあげて欲しい、と思った。


「コロッケ…。ママの作るコロッケが美味しいって言ってました」


「あ…。そんなこと」


「無理には言いませんけど」


 そんな話をしていると、隣のドアが開いて、コトちゃんが顔を出した。


「パパーお腹空いた。一緒に作ったご飯食べよう。あ、そうだ。今日は…聖ちゃんが家に来る?」


「え?」


「ぜひ、来てください」と川上さんに言われた。


 何だか淋しそうなコトちゃんを見たので、断れなくて、見えないけれど、星さんと一緒にお邪魔する。


「わーい。聖ちゃんも来てくれて、嬉しい」とコトちゃんが喜ぶから、私はほっとした。




 いつも一人でカップ麺を食べて、星さんが来てからは質素ながら手作りをしていたけど、静かな食卓だった。いつもとは違う賑やかな夕食になって、私も楽しく過ごせた。家族ではないけれど、団らんというものを思い出して、いろんな話をした。今日会った、イケメンクラスメイトの話をしたら、川上さんは少し難しそうな顔をしている。星さんも同じような顔をしているので、私は笑ってしまった。


「え? あ、なんか…父親として」と川上さんが言う。


「友達だよ? 今度遊びに行っていい?」


「私が連れて行きますので」と言うと、しぶしぶ承諾してくれた。


 賑やかな時間があっという間に過ぎて、私は居心地のいい空間から自分の部屋に戻る。でも隣同士というのは便利だ。すぐに自分の部屋に戻って、星さんに茄子の揚げびたしとご飯を供えた。


「コロッケは星さんの分…みんなで食べてしまってごめんなさい」と言うと、丁寧にありがとうございますと言ってくれる。


 星さんが食べている間に、私はお風呂に入った。私は一人が好きだと思っていたけれど、思わぬ夕食時間を持って、家族もいいな、と思った。今日はいろんなことがあって、くたびれた体を湯舟につけた。


 星さんのいた場所と今は世界が全然違う。命をかけて戦った人たちのおかげで今がある。そんなことを改めて感じた。お湯に体を浸せる幸せが当たり前だと感じていた。そんな幸せがたくさんある今に感謝する。


 ふと星さんが見た南国の夜空を空想した。美しい景色の中で苦しかった日々。どうか成仏して、そして生まれ変わって、コトちゃんと会ってほしい。

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