第10話

スコールの後


 着いた戦地は青い空と、美しい海、自然豊かな緑のある島だった。まるで戦争がなければ、そこは楽園そのものだった。


 ただその美しい景色の中で、上官から殴られる。痛みが走るたびに、何のために…、という思いが出てくる。自分だけじゃない、殴られている他人を見るときも一体何をしにここに来たんだろうと星さんは思った。軍隊でのいじめを体験し、自分の命の軽さを知りながら、それでもなお自然は美しかった。


 見張りに立つ夜は見上げると満天の星空。遠くで鳴く鳥の声、風の音、そんな静かな夜はまるで戦争が遠く感じるほどだった。


 上官が寝ている見張りの夜ほど、ゆったりした気分はなかった。とは言え、その時に何か敵の動きがあれば、いち早く知らせなければいけないから、気を抜くことは許されない。


 それでも大自然の中にこのまま溶けてしまいたいと思った。見たことのない植物、花、色鮮やかな鳥、さまざまな生き物、全てが世界が広いことを教えてくれる。


 スコールの雨の後にかかる虹は綺麗で、琴さんに見せてあげたいと思うほどだった。日本とは全く違う景色で、星さんはずっと苦しかった。


 人を殺すために産まれてきたわけではない、と空を見上げて何度も思った。


 遠い空の下に琴さんがいると思えたからこそ、ひたすら耐えていた。



 ついに補給が立たれ、土地を開墾し、兵士たちは農作物を植え、時には草を食べ、食べれるものは何でも食べ、それでも栄養失調の中、マラリアで亡くなる兵士も増えてくる。


 ただ時間は刻一刻と過ぎ、戦況は悪化する一方で、前線に送られることになった。



 十子さんがそんな話を説明してくれた。


「そこで…亡くなったんですか」と私が訊くと、十子さんは頷いた。


「明け方…奇襲があって。いろんな思い。琴さんに二度と会えないという残念な気持ちと人を殺さずに済んだという安堵感…と解放感。美しい場所だけど、日本に帰りたいという気持ちも…最後にあったみたい」と言いながら涙を零し続ける。


 私は星さんを見て、抱きしめてあげたいと思った。どんな思いで亡くなったのだろうと想像するだけで、胸が痛い。毎日作る質素なお供えのご飯も彼にとってはご馳走だった。


 そしてずっと琴さんを待ち続けて、探し当てたコトちゃんはちいさな子供だった。どうしてあげればいいのだろう、と涙が零れる。


「私は見えるだけで…何もできないの」と十子さんは言う。


「私もです。でも…星さんだけは何とかしてあげたいって思って」


「…そうですね。このままは良くありませんし。一度、うちに遊びに来てください」と十子さんは言う。


「えぇ。でも…」


「うちのトラちゃんなら何とかしてくれるかもしれません」


 どうやら特殊能力のある猫がいるらしい。その猫がどんな猫かも見てみたいし、私は遊びに行く約束をした。


「コトちゃんも連れていっていいですか?」


「ぜひ、もちろん。うちの子たちも喜びます」


「えー、コトちゃん、遊びにくる?」と光君が嬉しそうに笑う。


「え? いいの?」とコトちゃんも嬉しそうだった。


 子どもたちってかわいいなぁ、と私は目じりを下げながら三人を見た。灯君だけがじっとコトちゃんを見ている。にこりともしないで、口を開いた。


「お母さん、琴さんはね。約束を破ったんだよ」


「灯? どういうこと?」


 突然、灯君が話し始めた。

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