第6話
デート
私のバイト先に夏樹が来た。中華料理店のバイトは賄い目当てで入っている。忙しい昼時が終わって、休憩に入る前だった。
「注文は?」と私は聞く。
「あ、えっと。この間はごめん」
「ごめんなんて麺はないんですけどー?」とうざい絡みで許すことにした。
休憩なので、私はチャーハンとから揚げを賄いでもらい、夏樹と一緒に食べることにした。夏樹は白ごま担々麺を注文していた。
「酔っぱらったら、誰だって弱くなる時あるよ」とフォローまでする私は優しい。
チャーハンが安定のおいしさだったから、私の機嫌も良くなる。
「ほんと、ごめん。なんか…聖に甘えて…ってもやっちゃいけないことして、ほんとごめん」
「もういいよ。気にしてないから」
それより成仏のさせ方を知っていたら教えて欲しい、と思わず聞きそうになる。
「それでさ。悪いから、映画のペアチケット…」
「くれるの? ありがとー」とにっこり笑った。
ペアチケットって誰と行くんだろ、と自分で不思議には思ったものの、くれるというのなら、頂こう。夏樹は差し出したペアチケットを少し引っ込める。
「誰か一緒に行くあてあるの?」と聞かれて、星さんはついてくるだろうかと考える。
「あるかも? 多分」
「白黒映画とか見るタイプ?」
チケットを見ると「ローマの休日 リマスター」と書いてある。
「いい、こういう方が刺激がなくていい」
「は? 何の刺激だよ」
「IT社会」
「はぁ? 誰だよ」
「誰って…。夏樹はさ…不思議な話とか…お化けとか信じるタイプ?」
「え? 何、怪談話するつもり? それとも心霊スポットとか行きたいの?」
私は何だか星さんとそういう俗っぽい幽霊と一緒にしたくなかった。
「ううん。どっちかって言うと、ラブストーリーかな。ずっと想い続けて、生まれ変わっても…ずっとって」
「安いストーリーだな。結局、その二人が紆余曲折の末に結ばれるんだろ?」
(…そうだろうか。それはないんじゃ)と私はコトちゃんとの年齢差を考える。
七歳上の女性といや、産まれるまでのタイムラグとか考えると、今すぐ成仏して、生まれたとして、十カ月…八歳差の年上の女性と…上手く行くだろうか。
「…安くはないよ。許嫁同士で、一人は戦争に行って亡くなって、一人は日本でやっぱり戦争で亡くなって…。女性は生まれ変わってて、男の人はまだ幽霊のまま探してるって…」
「はぁ? なんだそれ?」
「そんな話があったら、どう思う?」と夏樹に聞いた。
「そりゃ、すれ違って終わりじゃん。どうもできないだろ? ってか、何、それ。同人誌でも作るの?」
「あ、うん。そんな感じで、ラストはどうしたらいいと思う? 男性は成仏させるべき?」
「えー。俺ならさ。もっとホラー展開で、男性が女性を好き過ぎるあまりに悪霊化しちゃうんだよ。で、女性の命を奪っていくという…」
(星さんが悪霊化するわけないじゃん。やっぱ相談するんじゃなかった)とため息を吐く。
「そこからお前の好きなラブストーリー路線に変えたら? 最後の瞬間で人の心を取り戻して、女性から手を引くという感じでさ」
「私、別にラブストーリーが好きなんて言ってないよ?」
美味しいチャーハンのせいで気が大きくなっていたのに、夏樹と喋ると、喋れば喋るほど、距離を感じてしまう。心底分かり合えない生き物だ、とため息が出た。から揚げを欲しそうにしていたから、一つあげた。
「まぁ、お前が絵が上手いって知らなかったから、楽しみにしてるわ。その同人誌」と夏樹が笑う。
「絵は…下手だよ」
「じゃあ、俺が描いてやろうか? 漫画家になりたかったし」
「え? 夏樹が? 漫画家?」
「投稿したこともあるけど、話がさ、内容が平凡だって言われてさ」と担々麺にむせながら言う。
「ふうん。まぁ、お願いするかも? その時が来たらまた連絡する」と言って、チャーハンを食べる。
最後のチャーハンをレンゲに入れるのに格闘していたら、ペアチケットを差し出された。
「誘う相手いなかったら、俺が行ってやるからさ」
「…ありがと。多分、大丈夫」と私はそのペアチケットをもぎ取った。
その夜、お供えを食べ終えた星さんをデートに誘う。
「映画見に行きませんか? 活劇? って言うのかな。素敵な映画なんですけど」
『? 映画? 見たいんですか?』
「友達からチケットもらって」
『私はチケットなくても入れますよ』
それはそうだ。間違いない、と思いながら、恥ずかしいことを言ってしまった、と反省する。
『今は女性から誘う時代ですか?』
「…いえ。女性は今も昔も男性から誘われたいです。でも私、誘いたい人いませんし…。友達も(夏樹以外は)実家に帰ってて」とさらにすごく恥ずかしいことを言っていると項垂れる。
『聖さん…って面白いですね』
面白いというのは誉め言葉になるのか疑問だったが、名前を呼ばれるのは嬉しかった。
『あ、女性に面白いは失礼でしたね。いつも美味しいご飯ありがとうございます』
今の世の中だとかなり質素な方になるけれど、星さんは感謝してくれる。
『それに、いつも私の残りを食べてくださって申し訳ないです』と星さんが謝る。
「いいえ。だって、二人分食べたら太るし…それに捨てるのももったいないですから」
私は星さんと喋る時は丁寧な話し方になる。相手が丁寧だから、だんだん移って来た。
『では、映画、ご一緒させてください』
そんな返事も新鮮だった。
その夜、夢を見た。
綺麗な田舎の風景で、少し山に入ると小さな川が流れている。スイカを冷やしに来た。重いスイカを抱えて歩いて来たから、額から汗ばむ。スイカを流れないように石で囲んで川につけた。ついでに足もつける。
「あー、気持ちいい」
川べりにある大きな石の上に座って、足をつけてぷらぷらさせた。木々の隙間から抜けるような青い空。しばらくすると、後ろから名前を呼ばれる。
「琴さん、ここでしたか?」と言われて、振り返ると星さんがカゴにキュウリやトマトを抱えていた。
「星さんも? 冷やしに来たの?」
「はい。田舎は便利ですね。こんなところにきれいな川があって」
「星さんも足をつけますか? 気持ちいいですよ」と私は少し横にずれる。
星さんがスイカの横にかごごと野菜を置いて、遠慮がちに私の横に腰を下ろす。下駄を横に置いて、足をつける星さんを見ると、少し頬が赤い。
「暑かったですね」と私は言った。
「ほんとに」と言って黙り込んでしまう。
私は星さんが大好きだ。小さい頃から、近くに住んでいる優しいお兄さんで、穏やかで、喧嘩なんかきっとしたことがないような人だ。近所の乱暴な男の子とは全然違う。お父さん同士が仲良くて、将来は星さんと結婚すると聞かされた時は嬉しかった。
「琴さんは本を読むのが好きですか?」
「はい。大好きです」
星さんが好きなものは何でも好き。
「星さんは何が好きですか?」
「…読書も好きですけど…。散歩も好きです。いろんなことが整理できたり、思い浮かんだりするので」
「私も好きです」
散歩も好きになった。
「じゃあ、今度、一緒にしますか?」
「はい。お願いします」と頭を下げる。
にっこり笑うと、少し私を見て、慌てて顔を背けるから、嫌いなのかなと不安になるけど、すぐにまた話しかけてくれる。
「夏休みはいいですね」
「はい。…星さんは…私と結婚するの、嫌じゃないですか?」
顔を背けながら
「嫌じゃないです。ありがたく思ってます」と言ってくれる。
そんな風に答えてくれる星さんと一緒に居れて、幸せだった。夏休み、お互いの父の実家に来ていて、そしてこっそりこうして会ったりして、私は幸せだった。
「私の方こそ…です」
恥ずかしくて目が合わせられない。星さんもそうなのかなと思って見ると、優しく微笑んでくれていた。
風が心地いい。私は目を閉じながら、その風の匂いを感じていた。
「ふふふふふ ふふふふふ うふ ふふす」
自分の笑い声で目が覚めた。
(何? 何笑って)とタオルケットの端を掴んで目を開けると、星さんが覗き込んでいた。
「きゃ」と軽く悲鳴を上げると、後ろに仰け反った。
『あぁ。すみません』
「あ、いえ」
『幸せそうだったので』と言われた。
幸せだった。星さんがいて、綺麗な川に足をつけて…、私は夢の中で琴さんだった。
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