第7話

《《%size:18px|時間よ、止まれ》



 映画にコトちゃんを誘った。


 というのも、見た夢の中で、私は琴さんだった。琴さんの気持ちがダイレクトに伝わる。それはただの恋する乙女で、戦争とか、日々の患いとかなくただ、ひたすら、星さんと一緒で嬉しい、好き、幸せという喜びで胸がいっぱいだった。綺麗な森の空気もきらめく川の反射さえも、全てが美しく見えた。自分で恋したことないから分からなかったけれど、寝言で笑ってしまうくらい幸せだった。私はこっそり星さんとデートをしようとしていた自分が恥ずかしくなるくらいその想いは純粋で綺麗だった。


 今のコトちゃんがその気持ちを思い出すことはないだろう。でも私はあの時の琴さんの気持ちをリアルに感じてしまったから、これは二人を応援しなければいけないと思った。


 応援って具体的に何をすればいいのか分からないけれど、とりあえず、私はコトちゃんと星さんのデートをセッティングすることにした。




 スイカのお礼に、と映画に連れて行っていいか、とお父さんの川上さんに申し出てみた。


 最初、川上さんからは恐縮されたが「夏休み、どこも連れて行けなくて…。ほんと助かります。ありがとうございます」と最終的には感謝された。


「いいんです。私も頂いたチケットなので。帰りにアイス食べて帰ってきます」


「アイス代だけでも」と川上さんがお金を渡してくれた。


 ありがたく頂いて、私はコトちゃんと映画に出かける。もちろん星さんも付いて来ていた。


「どんな映画? ディズニー?」


「ディズニーではないけど、お姫様出てくるよ」


「お姫様?」


「コトちゃん、字読めるかな。字幕なんだけど」


「コト、本読むの大好きだから読めるよ。漢字たくさん読めるし、書ける」と嬉しそうに言う。


 きらきらした目でそう言われると眩しくて目を細めてしまう。もちろん星さんはずっと微笑んでいた。


 そんなわけで、私はコトちゃんと手をつないで、反対側に星さんがいて、見える人には親子連れに見えたかもしれない。


 映画館は空いていた。朝からモノクロ映画を見に来る人は少ないのだろう。私の横にコトちゃんが座って、その隣は空席なのか星さんが座った。席に座って広告が流れているのを見ながら、落ち着いていると、小さな声で呼びかけられる。


「聖、聖」


 夏樹だった。私の真後ろに座っている。


「何してんの?」


「いや、俺…お前が一人だとかわいそうだと思って。…親戚の子?」と小声でコトちゃんを見ながら話しかけてくる。


「かわいいでしょ? お隣さんのお嬢さんと来たの」


「はー。なるほど、それで誰だか分からないんだな」と夏樹は誤解したまま話し出した。


「しー」と私とコトちゃんに指を口に立てられて、夏樹はシートに沈んだ。


 映画はオードリーヘップバーンが可愛くて、綺麗で、哀しい恋で、私は涙ぐんでいたが、コトちゃんも哀しそうな顔をしていた。


 映画が終わったら


「どうしてお姫様は好きな人といられないの?」と聞いてくる。


(あぁ、可愛すぎる)と私が思っていると、星さんも少し悲しそうな顔で微笑んでいた。


 夏樹だけが「一緒にお茶でもする? ご飯は?」と無神経に話しかけてきた。


 コトちゃんがハンバーガーショップに行きたいというので、近くにあったバーガーキングに行く。


「お母さんが行っちゃダメって言って、行ったことなかったの」とコトちゃんは言う。


 メニューを見て、目を輝かせていた。夏樹が


「俺がご馳走してあげるから、好きなの選びな」と言うので、私も便乗しようとしたら断わられた。


「映画の券だけで充分だろ?」と言われる。


「まぁ…そうかも」と私は納得して自分の分をオーダーした。


 コトちゃんは真剣に悩みながら、ごく普通のシンプルなハンバーガーを頼んだ。そしてテーブルに気を付けながら運んで、椅子に座るときちんと手を合わせて


「いただきます」と言った。


 まるで星さんと同じだった。


「わー。可愛い。なんか、めっちゃいいお嬢さんって感じだね」と夏樹がうるさい。


 コトちゃんが照れている。


「大きくなったら、お兄さんと結婚する?」と暢気なことを言うから、私が足を思い切り踏んだ。


 さっきから目の前にいる星さんが少しも笑ってないのが怖かった。見えないってことは幸せだ。


「痛ったー。何すんだよ。聖」


「ロリコンかと思った」


「ちげーよ。ばーか」


 コトちゃんは私たち二人を丸い目で見ていた。


「あ、馬鹿とかコトちゃんの前では言わないよ」と私が言うと、さすがに夏樹も口を閉ざした。


「夏樹さん、駄目ですよ。そんなこと言ったら」とコトちゃんが言うから、どっちが子どもか分からない。


「はい。すみません。気を付けます」


「聖ちゃん、ロリコンってなんですか?」とキラキラした目で見られる。


「えっとねぇ。ロリコンってロリータコンプ」と言ったところで、夏樹にコーヒーを零される。


 蓋が閉まっているので、少ししかもれなかったけれど、わざとだ、と睨んだ。


「大丈夫?」とコトちゃんが気を使ってくれる。


「…うん。それより初めてのハンバーガー美味しい?」と私は話題を変えた。


「はい。とっても。美味しいです。それに楽しい」


 私と夏樹は顔を見合わせた。


「夏樹さんと聖ちゃんと一緒で」


 私は星さんを見た。星さんは少し寂しそうだったけれど、でも愛おしそうにコトちゃんを見ていた。


「じゃあさ、今度、遊園地行かない?」と夏樹が言う。


 夏樹の父は新聞社の役員で、いろんな無料チケットが手に入るらしい。


「行きたーい」


 子供らしい返事をしてコトちゃんは本当に嬉しそうに笑う。その笑顔に私はやられた。星さんが八十年執着してしまう気持ちが分かる。


 そして私はやはり成仏させなければ、と決意を新たにした。




 映画が終わった後、コトちゃんが夏休みの宿題をしに家に来た。私はそれを見ながら、おにぎりを握る。


「あ、聖ちゃんのおにぎり大好き。美味しいもん」


「えー、嬉しいなぁ。じゃあ…パパの分も作っちゃおうか」


「ほんとー? 聖ちゃんありがとう」と満面の笑顔に私は苦しくなる。


 天使か、と私は背中を向けながら震えそうになる。星さんを盗み見ると、相変わらずにこにこしていた。夏樹が一緒の時はかなり怖かったけれど。


(そんなんで、コトちゃんの一生を見届けるつもり?)と私は不安になった。


 炊飯器にお米をセットして、私はテーブルに戻る。一生懸命、漢字を書いていた。


「夏休みの宿題、もっとたくさん出たらいいのに」


「どうして?」


「早く大人と同じになりたい」とコトちゃんは言う。


「え? 大人になりたいの? 大人になって、何するの?」


「結婚するの」


 私は驚いて目を丸くした。星さんを見ると星さんも固まっていた。


「誰か好きな人いるの?」


 すると嬉しそうにコトちゃんは笑った。


「内緒だよ。聖ちゃんだけに教えるからね」とおいでおいでと手招きをする。


 ドキドキしながら、星さんの様子も伺いながら、近寄ってみる。


「すごくかっこいい人だよ。帽子に星がついてるの。昔、よく公園で遊んでくれたお兄さん」


 それは…星さんだった。


(マニアワナイ…ンジャナイカ)


 早急に成仏しないと、と私は慌てて星さんを見た。赤くなってる場合じゃないよ、と私は一人で焦った。

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