第27話

爆弾


 久しぶりに淳之介の店に来て、佐伯はくらげを見て、震えている。


「淳ちゃーん。いつまでくらげ展示してるの?」と大きな声で言った。


「別に展示してませんけど」と淳之介はむっとした声で返事をする。


「熱帯魚だったら…まだ買い手もあっただろうねぇ」と震えながら、淳之介の方に寄ってきた。


 お客さんは相変わらず、来ない。


「美湖ちゃん、どうしてるかなぁ」と佐伯は言うが、淳之介は黙っていた。


 来なくなったのだから、きっと忙しくしているのだろう、と思っている。


「淳ちゃんは贅沢だなぁ。あんなに可愛い子に言い寄られてたのに」


「さすがに無職だと…」


「クラゲは売れないもんねぇ」と佐伯はため息を吐く。


「もうすぐ店、閉めようかと思ってるんです」


「へぇ、どうして?」


「…もともと長くするつもりはなくて」


「もったいないなぁ。ここで、喫茶店でもしたらいいのに」


「…さすがに飲食店をする元気はないですよ」


「じゃあ、どうするの? またサラリーマンして働くの?」


「うーん」と言って淳之介は黙る。


 黙って水槽を眺めていると、佐伯から祥子のことを聞かれた。


「…この前、倒れたんですよ」


「え?」と佐伯がまじまじと淳之介の顔を見る。


 その時、恵梨のことを頼まれた話もした。


「病院、予約しようかって聞いたら、断られたんだけど…。そんなに悪いの?」


「病院に行ってないから…何とも。でも今週中に行くって言ってましたけど。なんか…恵梨ちゃんの父親も来るみたいで…」


「何しに?」


「さぁ…。それは本人も分からないって言ってましたけど」


「淳ちゃん、呑気な事言ってていいの? 僕は…」と言う言葉を遮った。


「結婚しようと思ってます」


「は?」


「…手術するのにも、同意書を書くのに親族じゃないと…難しいでしょう? 嫌って言われても、籍を入れて、元気になったら、離婚したら良いんだし」


 淳之介をまじまじと見て、佐伯は驚いた様に言った。


「それを承知するか…」


「するでしょう…。恵梨ちゃんのために」


「…美湖ちゃんとは無職だから付き合えないのに、祥子ちゃんとは結婚するんだ」


 そう言われると、確かに腑に落ちないこともある気がするが、祥子に納得してもらうしかない。

 淳之介の顔が少しも動かないので、佐伯は口笛を吹いた。


「グッドラック!」


 そう言って、佐伯は出て行った。


 馬鹿正直な淳之介を見て、それが成功するかはさて置き、佐伯は呆れると同時に羨ましか思った。自分も最初からそうできたら、よかったのに…とも思う。


 日に日に体の方は良くなっていく香里と佐伯は不思議な感覚で仲良くなって行った。知っているはずなのに、まるで初めての様な…それでいて馴染みのある関係。


「病院の紫陽花は綺麗だったって! もう少し早く目が覚めたら見れたのに」と言って笑いかけられる。


 ずっと欲しかった香里の笑顔。でもそれは櫂に向けられるはずのものだった。


「じゃあ、ひまわり畑連れていくから、リハビリ頑張って」


「ほんと? 頑張る!」


 その役目も櫂のはずだった。香里は櫂のことをすっかり忘れているのに、佐伯は香里を見る度に意識してしまう。


 櫂と付き合い初めの頃に自分の気持ちを打ち明けてたら、こんな思いをしなかっただろうか…。


「玲?」と不安そうに呼びかけられる。


「何でもないよ。ゆっくり頑張って」と笑うと、あの見慣れた笑顔が帰ってきた。


 香里の母も、香里自身も、佐伯が来ることを喜んでいた。側から見れば、甲斐甲斐しく世話をする佐伯は恋人の様に思われる。

 まるで周りから恋人と見られるように固めているみたいだ。

 ただ香里の本心はずっと眠ったままで起きてこない。もし櫂を愛していた記憶が蘇ったら…と佐伯は分からなくなる。見えない時限爆弾がずっとカチカチと音を立てる。

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