第23話

ディズニーデート


 ふわふわのダンボのぬいぐるみを嬉しそうに抱いて、待ち時間も大人しくしている恵梨を見ていると、連れて来てよかったな、と淳之介は思った。園に入ってすぐにお土産屋さんに入って、ぬいぐるみを買うと言ってダンボを選んでいた。そのお金は祥子が持たせてくれていたようだったけれど、淳之介がプレゼントした。

 別に自分の子供ではないけれど、誰かが幸せになるというのを間近で見るのは嬉しいことだった。

 今回はお金を気にせず、贅沢に遊ぶことに決めた。パーク内のレストランも予約をして、二人とダンボで食事を楽しんだ。スタッフがちゃんとダンボ用の椅子を用意してくれる。その時の恵梨の笑顔は弾けていた。

 淳之介は恵梨がどういう風に暮らしていたか、断片的にしか知らない。でも放課後はランドセルを背負ったまま、くっついてきたり、ささやかなおやつを喜んだりしている様子を知っているから、たまには思いっきり甘やかしてもいいかなと考えていた。


「本当に夢の国みたい」と恵梨が言った。


 淳之介も初めて来たわけではないけれど、恋人と来るより子連れの方が断然楽しいと思った。やっぱり反応が素直だし、スキップしながら歩いている恵梨はかわいかった。スタッフからも頻繁に声をかけられたりして、その度に恵梨は嬉しそうだった。恵梨はドレスではないけれど、白い綿のワンピースを着ていて、祥子が髪を編み込みにして、リボンをつけていたので、ドレスを着た女の子に引けを取らなかった。

 淳之介も小さなお姫様を案内している気分になる。

 

「淳之介君、本当にありがとう」と言ってにっこり笑われると、何だか思わず頭を下げてしまいそうになる。


 人を幸せにすることってこんなに自分が救われるんだ、と改めて分かった。


 暑いから、と日陰でアイスを二人で食べた。


「淳之介君…。どうしてそんなに優しいの?」と食べ終わってから、恵梨は聞いた。


「え? 優しいかな…。きっと責任ないからじゃない? 恵梨ちゃんの親じゃないし…」


「親じゃないから優しいの?」


「だって、親だったら…色々先のことを考えると思うよ。こんなに贅沢させたらダメだとか…」


「贅沢はダメかぁ…」と少ししょんぼりするので、「まぁ、言うほど贅沢ではないかもしれないけどね」と笑う。


 恵梨はダンボをぎゅっと抱きしめて「パパ…来るかも」と呟いた。


「え?」


「なんか…そんな電話してた」


「…そうなんだ」


「パパのこと、別に嫌いじゃないけど…」とダンボに顔を埋める。


「うん?」


「淳之介君がいい。クラゲと…淳之介君と一緒にいたい」


 それに淳之介は返事ができなかった。ただ一緒にいるだけで、ちょっと同情して、ファミレス連れて行ったり、ディズニーランドに連れて行ったからそう思ってるのかもしれない。それは他人だからできたことかもしれない。恵梨はダンボに頭を乗せたまま、淳之介を見た。


「だめ?」


「…それは…できないんじゃないかな」


 涙が溢れるのを見て、慌ててハンカチを出して、恵梨の涙を吸収する。


「…分かってた。言ってみただけ…」


 恵梨にしたって、きっと自分がどうしようもないことが分かっていて、言ってみたのだろう。頭をそっと触れる。恵梨はしばらくぼんやりしていたが、突然、立ち上がって「行こう」と言った。

 淳之介もつられて立ち上がる。


「手、繋いでいい?」と恵梨が笑顔で聞くから、淳之介も笑顔で「いいよ」と応えた。


 それから楽しい時間をを過ごして、最後はパレードを見るために並んだ。夜のパレードをキラキラした顔で見つめる横顔が本当に綺麗で、連れて来た甲斐があったな、と淳之介は思った。パークの人並みに押されながら出口に向かう。夢の世界の魔法が溶けて、現実に戻る時間だ。疲れのせいもあるけれど、誰しもが足取りが重くなっている。

 淳之介は実家から車を借りていたので駐車場までゆっくり歩いた。流石に足が痛くなったのだろう。恵梨はのろのろと歩いている。


「後少しだから、頑張って」と淳之介は振り返る。


 すると恵梨はダンボを抱えながら、ぼんやりと立っていた。あまりにも楽しかったから帰りたく無くなったのだろうか、と恵梨のところへ戻っていく。すると恵梨が淳之介に抱きついた。

 駅に続いて二回目だ、と淳之介は思いながら、でも今度は引き剥がそうとはしなかった。恵梨の不安な気持ちが分かるからだ。


「…淳之介君と結婚したい」


「え?」


 顔を見上げて、恵梨が真剣な顔で言うけど、それは可愛らしいプロポーズにしか思えなかった。そして…何かに抵抗することができない小さな力の反抗にも思える。頭を優しく撫でて、淳之介にできることはないかと考えた。祥子とも話さなければいけないけれど、方法がなくはなかった。


「…パパに連れて行かれない方法…。ちゃんとあるから」


「え?」と驚いたように、淳之介を見る。


「まぁ、安心して。帰ろう」と恵梨に言うと、不思議そうな顔をした。


 恵梨が抱いているダンボを取って、その鼻を恵梨のほっぺにくっつける。


『一緒に帰ろう』とダンボの声がどんな声か分からないのに、ちょっと声を高くして言ってみる。


 すると恵梨はくすぐったそうに笑って、体を離した。


「カボチャの馬車じゃないけど、車があちらにございます」と淳之介は言って、恵梨の手を取る。


 恵梨はさらに嬉しそうな顔をすると、ぎゅっと手を掴んだ。距離はあったけれど、恵梨はご機嫌で車まで歩く。


「ねぇ、淳之介君。私と結婚するのは嫌?」


「へ? 恵梨ちゃんと?」


「そう。ずっと幸せに暮らしましたってできると思うの」と恵梨は真剣な顔で言う。


 全く想像つかない。


「恵梨ちゃんが結婚できる年齢になった時はおじさんがさらにおじさんになるだけだから」と言う。


「じゃあ、変わらないってことじゃない」と恵梨が言い返すが、淳之介は返事をしなかった。


 言ったところで、恵梨には分からない。今、幸せにしてくれている人が好きなだけで、これからいろんな人と出会うことすら想像できない狭い世界で生きている恵梨にどう伝えたらいいか分からなかった。

 ダンボの鼻を掴んで、少し乱暴に振り回している恵梨のふて腐れたような横顔を見る。


「じゃあ、恵梨ちゃんの気持ちが変わってなかったらそうしよう」


「ほんと?」と嬉しそうに跳ねる恵梨を見て、淳之介は笑った。


 恵梨はまだ恋ということも分からないから、親切にしてくれている人に好意を持っているだけだ、と淳之介は思った。それがなんとなく悲しくも感じた。晴れていたので星空を見上げると、いくつかの星が見える。いつの間にか深海に一人きりだったのに、淳之介は孤独じゃなくなっていた。不思議なこともあるんだ、と思いながら、恵梨が横で跳ねているのを見ていた。


 約束よ、と嬉しそうに笑う恵梨の顔が明るく心に残った。

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