第15話

危険なバディ


 クラゲを一番愛している従業員は佐々木光輔ささきこうすけという。なぜかその光輔と淳之介が軽自動車の中で美湖の元婚約者の家を張り込んでいる。


「まじやばいっす。俺、憧れてたっすよ」と言って、車の中で淳之介にあんぱんを渡す。


「何、これ?」


「張り込みと言えば、あんぱんじゃないですか」と言いながら、望遠レンズカメラをアパートの二階の入り口に向ける。


「流石に目立つから、後部座席に行って」と淳之介は大きなカメラをしたに下ろさせた。


 二人で美湖の彼氏の家を見張ることにした。車はどこからか借りてきた国産の軽自動車だ。女と二人で出入りする写真を収めれば、きっと相手の両親もどっちが言うことが正しいか分かるだろう、と佐伯は言った。だから探偵のような真似をすることになった。淳之介と従業員の光輔と二人で車の中でじっと待つ。


「日曜日なので、起きるの遅いんすかね?」


「そんなこと聞かれても分からないよ」


「あ、いいこと考えた。俺、聞いてくるっす。写真、撮ってくださいよ」と言って、光輔は車を飛び出す。


「え?」と淳之介が聞き返した時にはもう遅かった。


 光輔はコンビニで買ったあんぱんの袋を持って、アパートの二階に駆け上がった。本当に突撃するようだった。一応、キャップを被り、黒いマスクをしているので、顔がわかることはないと思うが、何をするんだ、とハラハラして見ていた。後部座席に移って、望遠レンズで覗き込む。

 光輔は堂々と呼び鈴を鳴らしている。


「え?」と思っていると、扉が開いて、中から女性が出てきた。


 パシャリ


 何か喋っているようだが、コンビニの袋をそのまま渡そうとしていると、男が出てきた。


 パシャリ


 微妙に、光輔は体を斜めにして二人が見えるようにしている。


 パシャリ


 そして不審そうにしている男に光輔が包みを渡す。


 パシャリ


 渡し終えると、素早く帰ろうとするが、扉が閉まる瞬間、二人が肩を抱いている後ろ姿を最後に収めた。光輔は二段飛ばしで階段を降りてくる。そして走って車に乗り込んだ。


「撮れたっすか?」と淳之介に聞いてくる。


「うん…。でも何してたの?」


「ウーバーでーすって言ったんすよ。そしたら頼んでないって言われて」


「まぁ、そうなるよね」


「だから、あれ? 中山浩さんですよね? 代済ですよ? って渡してきたっす。もちろん、胸に入れた携帯で動画撮影してましたけどね」


 淳之介は感心した。大胆な作戦で、大きな収穫を得たのだから。


 そして暫くすると、二人が手を繋いで階段を降りるのも写真に収めることができた。階段途中でキスをするのも、わざと見せているのか、と淳之介が思ったほどだった。歩いて二人がどこかへ向かうようだった。


「つけますか?」と光輔が言う。


「仕方ない…」と言って、さっき突撃した光輔は行けないので、淳之介が車から降りた。


 徒歩で、二人の後をつける。光輔と淳之介はGPSで居場所が分かるアプリを入れている。後から追いかけてもらうことにした。駅に行くと、男と女はそれぞれ別の場所に向かうようだった。淳之介は少し考えて、女性の方についていく。光輔に状況を報告した。女性は自分の家に帰ったようで、実家暮らしなのか、一軒家だった。まさか既婚者ということはないだろう、と淳之介は家の前で様子を伺う。車が一台停めているが別になんの変わった様子もなかった。家から一人年配の女性が出てくる。女性の母としたら、実家暮らしの可能性が高い。


 表札を見ると、下田と書かれていた。


 それ以上、することもなくて帰ろうかと思っていると、例の女性が服を変えて出てきた。なんとなく、男と会いそうな気がして、そのまま後をつける。そして駅に向かうと、美湖の元婚約者とは違う男性が車で迎えにきていて、助手席に乗って、去っていった。

 淳之介は携帯の動画でそれを収めながら、ため息をついた。


 光輔と合流しようと、連絡をすると、彼は元婚約者の職場に来たと言っている。元婚約者はデパートでアパレルの店員をしているので、簡単に近くまで行けるのだが、今朝のウーバーイーツの配達員として接触しているので、淳之介に来て欲しい、と言う。淳之介は駅からそのままデパートに向かった。光輔に会うと、ブランドを教えられる。そこは少し若い人の多い店で、男女共に展開しているブランドのようだった。


 淳之介が入ると、元婚約者は女性客に接客していた。


「お似合いですよ。昨日、入ってきたばっかりで」と常套句を言っていた。


 でも顔がいいからか、女性客は楽しそうに話を返している。女性物の売り場をうろうろするわけにはいかないな…と思っていたら、「何かお探しですか?」と声をかけられてしまった。


「あ…、姪のプレゼントを探してるんですけど」と咄嗟に嘘をついた。


 若い女性の売り場だったので、姪と言ってしまったが…、姪はいない。恵梨が使えるものはあるだろうか、と淳之介は考える。


「何歳ですかぁ?」


「11歳です…。服はサイズが分からないので、小物で…」と我ながら適当な割に上手いことを言うなぁ、と淳之介は思う。


「どんなのが好きですかぁ?」


「うーん。ハーフで…お姫様みたいな…」と言うと、「ハーフなんですか? それは可愛いですよね」とテンションを上げて、店員が返してきた。


「女の子だからバックとかどうですか? 鞄はいくつあってもいいですよ。ちょっとお待ちくださいねぇ」と言って、早歩きでどこかへ行った。


 その間に、ゆっくりと観察できた。元婚約者はこの短期間の間に客との距離を縮めて、盛り上がっていた。


「お似合いですよ。後、これも足すと、色が合ってていいと思います」と言いながら、さりげなく後ろからカーディガンを羽織らせる。


 まるで彼氏のように優しく客をもてなし、もてなされた客はまんざらでもない笑顔を浮かべる。そんな二人を見ながら、女性の心を掴むのが得意なのだろう…だから…美湖も…と淳之介は思った。


「お待たせしましたー」と言って、カバンを三つほど手にぶら下げて店員が近寄ってきた。


 淳之介はその中で一番、安いだろうと踏んだバスケットを選んだ。バスケットの中は水色のギンガムチェックの布が敷かれていて、持ち手は革で包まれていた。


「可愛いのをお選びですね。プレゼント用に包んできますので、ごゆっくり店内をご覧になってください」


 値段は思ったより高かった。かごなのに割といい値段がした。ため息を飲み込んでいると、元婚約者は客に名刺を渡そうとしている。でもその裏に何か書き込んでいた。もらった客は嬉しそうに鞄にしまった。

 動画に撮っている訳ではないが、流石にため息をこぼしてしまう。何を書いているのか分からないが、携帯番号か、もしくは連絡ツールのIDか…。だとしたら、あの女性も他に恋人がいるようだし、お似合いの二人かもしれない。そんなことを考えながら手痛い支払いをすることになった。


 プレゼントを抱えて、一旦、佐伯の店に帰ることになった。


 お腹が減ったので、後で光輔にあんぱんを貰おうと思ったが、「ウーバーで使ったっす」と言われ、空腹のまま淳之介は佐伯の店に戻った。


「お疲れ様」と言って、佐伯が店に迎えてくれた。


 光輔がお腹空いてるんで、何か作っていいですか? と佐伯に聞いている。


「あ、じゃあ、クスクスお食べ」と言って、山盛りのクスクスに肉が入ったスープをドーンとかけてくれた。


「あー、これ、大好きなんですよね」と言って、光輔は嬉しそうに笑う。


 確かに美味しそうだなぁ、と淳之介が見ていると、淳之介の分も佐伯は出してくれた。


「よく働き、よく食べる。それが健康の秘訣」と言って、笑っている。


 確かに今日はよく働いた気持ちになった。テーブルに座って、クスクスを食べながら、今日の話をした。証拠写真のデータを佐伯のパソコンに送る。


「ふーん。まぁ、お互い、浮気してたのか…。すごいねぇ。一人の人でも…大変なのにねぇ…」と言って、佐伯は写真を見ていた。


「え? 女の方も他に男がいたんですか?」と光輔は驚いたような顔で言った。


「一人だけかは…今日のところでは分からないけれど」と淳之介が言う。


「まぁ、女の方は別にいいよ。一人でも二人でも…。男…こんなことしてるのに、どうして自分の親に本当のこと言えなかったのかな。厳しい親なのかな?」と佐伯は言って、背伸びをする。


「後は弁護士に任せよう。美湖ちゃんはお金はいらないって言ってたけど、弁護士費用もかかることだし、取れるだけ、取ったらいいんじゃない? こう言うのってお金で解決できないかもしれないけど、結局、最低限お金で誠意を見せてもらうしかないよね。こう言うタイプは…黙ってたらつけあがるんだよ」と佐伯は目が少しも笑っていなかった。


 いつもふわふわしているのに、少し怖い顔をしていた。それを光輔も感じたのか、少し背筋を伸ばしてクスクスを食べた。


「で…。淳くんはどうするの?」


「え? どうするって?」


「今日、一日、外を歩いて、ちょっとは元気になったんじゃない?」


 だからわざわざ光輔と一緒に探偵のようなことをさせたのか、と淳之介は思った。そろそろ…考えなくてはいけない。それは淳之介も分かっていた。クラゲの店はいつまで経っても儲かる気配すら感じることができなかった。


 数日後、美湖は佐伯の紹介してくれた弁護士と共に、元婚約者の実家に行った。たくさんの証拠を抱えて。

 もちろんその女との付き合いは別れた後だと反論されたが、きちんと手を打っていた。

 事前に弁護士が浮気相手の女に「下田様にも慰謝料が発生しますが、ご協力してくだされば請求しないと美湖様が言っております。どうされますか」と言って交渉していた。そして光輔と一緒に元婚約者の実家の近くで待機してもらっていた。相手が浮気を否定したので、後から来てもらい、そして暴露してもらった。

 元婚約者の親は私学の先生をしていたらしく、息子から聞いていた話とは全く違っていたので、ひどく狼狽えて、謝ったと言う。

 慰謝料と美湖に対する接近禁止の約束を取り付けた。


「ありがとうございます」


 美湖は佐伯の店でみんなの前で頭を下げた。ほっとしたような顔でお礼を言う。今日は佐伯が個室を用意してくれた。恵梨は淳之介にもらったバスケットに佐伯が買ってくれた着せ替え人形を入れて持ってきていた。ドレスを着せ替えたりして、一人で遊んでいる。

 大人たちは乾杯をしたりして、飲み食いを始めた。


「恵梨、ご飯中は遊ばないの」と祥子に言われて、恵梨はバスケットの中に人形をしまった。


「探偵ごっこ楽しかったっすよ。淳君とバディになれてよかったっす」と光輔が得意げに言った。


「あ、二人とも本当にありがとうございました」


「淳君のリハビリも兼ねてるんだから気にしなくていいんだよ」と佐伯が言う。


「リハビリ?」


「そう。社会復帰しないとね」と淳之介を見た。


 そう言われて、みんなの視線が一斉に淳之介に集まった。恵梨は「社会復帰」の意味がわからずに、ピザを頬張る。


「そのうち…」と淳之介がみんなの視線から逃げるように首を傾けた。


「佐伯さんってそう言うところ、意外と固いのよね」と祥子が言う。


「祥子ちゃんはもう少ししっかりした方がいいよ」と佐伯がため息をついた。


「俺…クラゲの店手伝いましょうか? 相棒が大変なら、手伝いますよ」と光輔が言う。


 突然は恵梨は手をあげる。そしてピザをもぐもぐ食べて、飲み込んで言った。


「私、王子様が欲しい」


 みんなが恵梨の方を見た。

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