第78話

好き


 その日は私は中崎さんのベッドに入って眠った。一緒に寝たいというわがままを聞いてくれた。明日は中崎さんも有給を取っているというので、私はベッドの中でのんびり話した。学生時代に中崎さんはたくさん海外旅行をしたようだった。いろんなところに行った話は聞いてるだけで楽しかった。


「十子ちゃんはどこにも行かなかったの?」


「一緒に行く友達もいなかったし…。一人で行く勇気もなくて」


 明るくなった私の髪の毛を少し掬ってくれる。


「…そっか。かわいそうに」とまた髪の毛を撫でた。


 学生時代に中崎さんに会ってたら、私…声かけられなかっただろうな、と思ってちょっと笑う。


「何? 思い出し笑い?」


「もし大学が一緒で中崎さんが先輩だったら…って想像しただけです。きっと綺麗な人と付き合ってるのを遠くから見てるだけで…。どうして…今こうして一緒にいるのか分からないですけど」と不思議な気持ちになる。


「十子ちゃんのことはずっと見てて…何だか変わった子だなって思ってたよ」


「見ただけで変わってるって分かりましたか?」と少し落ち込んだ。


「うん? 周りの人と少し違って浮いてたし。視線は合わないし。たまにニヤニヤ笑っているし…」


 そう言われたら、確かに変な人と思うかもしれない、と思った。


「でも…どうして? 一緒にいてくれるんですか?」


「え? 十子ちゃん…今更?」


「今更?」


「じゃあ、話戻すけど…。ちょっと変わってる子だけど、仕事はきちんとするって印象で…ずっと話してみたいって思ってたんだ。そんなきっかけなかったけど」


「…? 特殊能力があるから…私と一緒にいたいわけではないんですか?」


「そういうのもないわけじゃないけど…。でも一緒にいて分かったことがあって。全然関係ないのに、見ず知らずの女の子のことで泣いたりする十子ちゃんが優しいなって…。それに何だか一生懸命で…。それも可愛くて」


 噛み砕くようにゆっくり丁寧に褒めてくれる。


「僕にもまっすぐ気持ちを向けてくれて…それが嬉しくて…恥ずかしかった」


「…そうです…か」


 私は心地良い声のせいで眠気が来た。うとうとしてるのがバレて頰をつつかれる。


「眠い?」


「あ、眠くないです!」と頑張って言うと軽く笑われた。


「それでね。一緒にいて…」


 目を瞑りそうになるのを、必死で耐えていたら、中崎さんの「好きになった」と言う声が聞こえた。


(好きになった…)と頭の中で繰り返して、目が覚めた。


「好き? 中崎さんが?」


「何回も言ったけど? 十子ちゃんが初めて好きになった人だって」


「え?」


 可愛いとか、好きとか、言ってくれたけど、手を出さないってはっきり言うから、なんていうか、動物レベルのそういう愛情かと思っていた。


(っていうか初めて好きになった人が私?)と勢いよく上半身を起こした。


「十子ちゃん? 今までどう思ってたの?」


(つまり…両思い?)と思って、中崎さんの方を見た。


 信じられない気持ちだった。


「…すき?」


 まるでロボットのような聞き返しをしてしまった。でも私はAIが入っているロボットだったらこんなことになっていなかったのかも、と思うくらい学習能力がなく、中崎さんが言っていることが意味のわからない。


「好きだよ」


 私は力が抜けて、ベッドに横たわる。そしてうつ伏せになって枕に顔を押し付ける。


「…いつからですか?」と聞いてみた。


「大分前から…」


「大分?」


「うん。きっと君が気になってた時から…ずっと」


「え?」と私は顔を横にむけた。


「データ消した時には好きだった」


 私は驚いて、顔を横に向けて、中崎さんを見た。


「どうして…吉永は好きになったのに…僕はダメなんだろうって…。親切にしようとすればするほど、逃げていくし…」


「それで? データを?」


「本当に距離を縮めたくて…」


 驚いて口をぱくぱくしてしまう。


「あ…あの時、本当に怖かったんですから」とつい文句を言ってしまう。


「ごめん。初めて好きになって…ちょっと…焦った。どうしていいか分からなくて」と言いながら私の髪を撫でる。


 言ってることが何もかも分からない。こんなイケメンが私のことで焦るとか言ってる意味が分からない。中崎さんの手を取って、私はその手にキスをした。


「ちっとも…わかりません」と中崎さんの手を握りながらいう。


「本当に好きだから…幸せでいて欲しくて」


「他の誰かとでもですか?」


「…そう思おうとしたけど…できなくて」


 さらに言ってることがわからない。


「今に…至る。こんな自分も分からない。どうして…ここにいるのか…。何がしたいのか分からない」


「中崎さんが分からないのに、私が分かるはずないです」


 でも私は中崎さんの手を手で包んで、中崎さんの妹のことを解決したら少しは何かはっきりするのかも知れないと思った。


「ごめん。本当に…好きで、どうしたらいいのか分からない。初めてなんだ」


「私も分かりません。でも…両思いは単純に嬉しいです」と思い切り笑顔を見せたら、抱きしめられた。


 一瞬、僅かに心臓が硬くなったけれど、中崎さんの温かさが私の心をゆっくり癒してくれた。そしてそのままその日は眠った。何だか不思議な気持ちで。

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