第61話
結婚式
ケーキの上に小さな砂糖菓子でできた花嫁、花婿が乗せられている。紗奈さんと梶先輩がケーキの上の蝋燭に二人で火をつける。私と中崎さんは二人で拍手をした。白いワンピースを着た梶先輩の左手の薬指にはあのサファイヤの指輪が嵌められている。私が適当に買って来たチュールにお花を飾って、梶先輩のベールにした。梶先輩の部屋で小さな結婚式をする。私にはもう黒くない真田さんが見える。白いタキシードを着ている。
(あの世ってレンタルできちゃうんだ)と私は感慨深い気持ちになる。
「十子…。彼、いる?」
「います。ちゃんと…素敵な服で…右側にいます」
紗奈さんと反対側にいる。
「お兄ちゃん。…ごめんなさい」と紗奈さんが涙を零す。
「紗奈さん。お兄さん、もう大丈夫ですよ。すごく…綺麗になりました」と私は言う。
生きてる時と少しも変わらない姿で、本当に綺麗になったから、きっと成仏も近い気がする。真田さんは微笑んでいる。だからこの結婚式を喜んでくれている、と私はみんなに伝えた。そして頷いている真田さんが初めて私に声を届けた。今まで聞いたことのない声だった。低くて穏やかで、素敵な声だった。
『幸せになって欲しい』
「…あ」と私は息が漏れる。
『南実…にそう伝えて』
あんなに執着していたのに…と私は驚いたのと同時に切なくて涙が溢れた。
「十子?」
私はちゃんと伝えなければいけないのに、切なくて、苦しくて、言葉が切れ切れになる。
「十子ちゃん」と中崎さんが背中を撫でてくれる。
その温かさに勇気をもらって私はゆっくり息を吐いた。しばらく深呼吸をして、そして真田さんからのメッセージを梶先輩に伝えた。その言葉は梶先輩にも涙を流させた。優しい思いやりのある人だったから…。怒り、恨み、苦しさ、執着があったけれど、彼はちゃんと元の自分を取り戻せた。
梶先輩が好きだった人は本当に素敵な人だった、と私は思った。
「お別れ…するんですね」
真田さんは頷いて、そして梶先輩の額にキスをした。梶先輩はふと顔を上げて、その場を探すように目線を動かす。
「先輩の額にキスされました」
見惚れるような綺麗なキスで、私に写真を撮る技術があればきっと素敵な作品になったはずだった。そして薄くなって消えて行った。梶先輩の頰に涙の筋ができる。本当に素敵な恋だったんだな、と私は思った。
今日は紗奈さんが梶先輩の部屋に泊まるというので、私は中崎さんのマンションに行くことにした。梶先輩から明日の服を借りて、私は部屋を後にする。きっと二人で思い出を語るだろう。
「…十子ちゃん。いい式だったね」
「中崎さんまで参加してくださって、ありがとうございます」
「ううん。素敵な結婚式だったと思う。彼は…納得して、行くべきところに帰ったの?」と中崎さんが言うから、私は頷いた。
初め見た時は、大分、状態が良くなくて、もう手遅れかと思っていた。ずっと恨みや、怒り、苦しみなどの負の感情を持っていると、簡単に言うと、悪霊化してしまう。あるいは、悪霊に飲み込まれて、自身が悪霊の一部になってしまう。だから生きてる人間でもあまり負の感情を持たない方がいいのだ。結局、同じような人間と知り合うことになる。
「とっても素敵な姿だったから、梶先輩にも見えて欲しかったなぁ」と私はため息をついた。
真田さんは梶先輩への愛をずっと持っていたから、救われたのかもしれない。
夜道を二人で歩く。
「星が綺麗ですね」と私は中崎さんに言う。
「死んだら、お星様になるっていうけど、本当かな?」
「分かりませんけど…。でも何だか空を見てたら、亡くなった人のこと思い出したりするから…、もしかしたら関係あるかもしれませんね」
都会の夜空に星がいくつか、わずか数えられるほどの星が光っている。
「十子ちゃん…。僕は君が好きだ」
突然の告白に私は思わず口を小さく開けた。
「好き…ですか」
「だけど」
「好き…です?」と私はしつこく聞いた。
「うん。ごめん」
どうしていつも中崎さんは謝るのだろう、と私は微笑んだ。
「じゃあ、相思相愛ですね。すごく嬉しいです」
「十子ちゃん」
「すごく嬉しいから…それ以上…は何も…何も…。もう両手いっぱいで…何も受け取れないです」と手を広げてみせた。
そのまま抱きしめられる。
「ごめん。僕が…」
「どうして…好きになってくれたのに、謝るんですか?」と言いながら笑うつもりが涙が溢れた。
中崎さんはきっと私が出向を決めたことを、自分のせいだと思ってる。中崎さんの匂い、温かさ、もう十分馴染んでしまった。他の人を好きになるのは、何年先だろう。もしかしたら、惚れっぽい私のことだから、出向先ですぐに…誰かのことを…と考えて、また泣けた。
「帰りましょう」と私は言う。
「…うん」
少しも動かない中崎さんに私はコンビニに行こうと言ってみる。
「何か欲しいもの…あるの?」
何か、欲しいもの、それは特にはない。でもコンビニに行ったら、きっと何かはある。明るい蛍光灯の下で何かを選んでいる時間が好きだった。何かは何もないのかもしれないけど、二人でコンビニで何かを選びたかった。
ケーキは食べたけれど、晩御飯がまだだったので、おでんを買うことにする。
「それから…ピザまんと」と私が言うと、中崎さんが笑ってくれた。
イケメンの笑顔はやっぱりいいな、と思いながら、私も微笑んだ。
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