第30話

未来の末吉


 湿布を買ってから、待ち合わせ場所に行くと、車が止まっていて、お父さんは黙って、上から下まで中崎さんを見た。


「君、完璧だね」と言って、助手席のドアを開ける。


 どうやら中崎さんに隣に座って欲しいようだった。私は運転席の後ろに座った。


「いつも十子さんにはお世話になってます」と中崎さんが言うと「十子が?」と不思議そうな顔で言った。


 お父さんは不思議な人だ。お母さんも違う意味で不思議な人だけど、お父さんはまるで宇宙人みたいな人で、全く感情が分からない。それでもお母さんを口説き落としたらしい。私は小さい頃からお父さんがよくわからない人だった。それに家にあまりいないし、遊んでもらったことがあまりなかった。遊んでと言っても知育ゲームみたいなのばかりで、次第には自分がのめり込むので、私は横で着せ替え人形を出して一人で遊んでいた。


「こちらこそ、十子と仲良くしてくださって」とかなり間が空いてから言う。


「いえ」と中崎さんも驚いたように返事をした。


 私は慣れていたので、なんとも思わないが、きっと所謂変人なんだと思う。研究のことで頭が占められていて、本当にわずかな部分で日常生活を回しているような人だ。


「お父さん、どうして帰ってきたの?」


「そりゃ、十子に彼氏ができたって聞いたから」


「え? 違うよ。中崎さんは…」


「じゃあ、あれはお母さんの願望か?」


「多分」と私は後ろから話しかける。


「まぁ…十子にこんな完璧な人は…不等号だな」と運転しながら言う。


「じゃあ、お父さんとお母さんは等号だったの?」


「…いや。お母さん…どうして結婚してくれたんだろ」


(何、それ。私も疑問なのに)と思わず口を開けてしまった。


 すると中崎さんは軽く笑って「僕は彼女のこと、気に入ってるので、十子さんとのお付き合い許してくれますか?」と突然、聞いた。


 周りから攻めてくる。


(忘れてたー。この人策士だった)と私は慌ててどうしようかと考えたが、何も思い浮かばない。


「それは一度、協議したいと思います」とお父さんが言い出す。


 その後の車内は無言で家まで着いた。


 母が喜んで出迎えたが、車内で何があったのか分からないようで「お帰りなさい?」と言った。


「十子とお付き合いしたいそうだ」


「でしょー。いいと思うわ」


「いや、私は反対だ」とあっさりとお父さんが言う。


「どうして?」とお母さんが聞いた。


「待って、二人ともとりあえず、中崎さん、足が痛いから…湿布貼らせて」と私が言うので、玄関先はカオスだった。


 私が湿布を貼ろうかとソファに座っている中崎さんの横で床に座ると「自分でできるから、十子ちゃんは横に座って」と言われる。


 確かに人様の足首なんか軽い気持ちで触っていはいけない、と思って湿布を渡して、隣に座って当たりを見回す。あの女の子がいない。


「お母さん、あの子は?」


「あの子は…あなたたちが神社に行ったから、ちょっと隠れてるわよ」


「あ…」と納得する。


「どうして並んで座ってるんだ?」とお父さんが聞いてくる。


「え?」と言って、思わず立ち上がる。


「ねぇ、どうして十子のお相手が中崎さんではダメなの?」とお母さんがお父さんに聞く。


「賛成一、反対一、十子で決まるだろう」


 もしかしたら私が自分で決められるようにわざと反対してくれているのかもしれないけれど、父は本当に分かりにくい。


「あの…お付き合いする前に、デートに行きたいから」


「デート」と両親揃って聞き返す。


「そう…。でも…とにかくその前にしなきゃいけないことがたくさんあるの」と私は言った。


 女の子のこと…なんとか家に連れて行ってあげないと、と私は思っている。


「しかし、十子。よく考えてごらん。何もかも完璧な彼とごく普通の十子が一緒にいて幸せになれる確率は低いと思うが」


「お父さんはそんなこと言うけど…。お父さんは相当ひどかったわよ」とお母さんが言う。


 研究に明け暮れて、バイトもせず、お金のない父は服に穴が空いていて、初めて声をかけられた時、母は研究者とは思わずバンドマンかと思っていたそうだった。大学院生の父は大学生の母に一目惚れして、告白したそうだが、母はいつも顔色も悪いし、まともじゃないと思っていたようだった。


「さあご飯食べましょう。私、当時、お父さんにお弁当作ってあげたのよ。あまりにも見窄らしいから。それに比べたら…十子は美人じゃないけど、可愛いじゃない」と笑いながら、中崎さんをテーブルに案内してくれる。


 テーブルの上にハンバーグが置かれている。お父さんの好物だ。


「美人じゃな…い」とそれはごもっともなことを言われて、何も言えなくなる。


「そこだよ。美人じゃないとこの人と一緒にいても大変だろう」と父は勝手に座って話し出す。


「僕は美人だと思いますけど…」と中崎さんが言うが、彼は嘘をつくので意見は無視しておく。


「えー、十子美人?」となぜか母が謙遜している。


「ともかく僕は十子がかわいそうな目にあう未来が見えるから反対だ」


「そうかしら? 誰と結婚したって、いいことも悪いこともあります」とお母さんがお父さんに向かってはっきり言うから、お父さんは「悪いこと…あったのか」とショックを受けていた。


 そんな食事会だったのに、意外と中崎さんは楽しそうにしていた。


「家族って…こんな感じなんだね」


「あ…うちは特別かも…しれませんけど。中崎さんのお家は?」と一緒にお皿を片付けながら聞いてみた。


「育ての親だから…悪いことなんて何一つ言わないし、僕も言われないように努力してた」


「…そう…なんですね」


「だから家族って、言いたいこと好きなだけ言えるってすごいなぁって」


 中崎さんがずっといい人な理由の一つかもしれないけれど、悪口なんて言う環境じゃなかったんだ、と私は思った。


「あ、そうそう。十子ちゃん、末吉だったよね」


 突然、そう言って、携帯を取り出す。そして画面を見せてくれた。今はまだ苦しいかもしれないけれど、末吉は未来は明るいと言うようなことが書かれてある。


「え?」


「あの時、言おうか迷ってたんだけど…」


 私は中崎さんが吉だったから笑っているのかと思っていたが、わざわざ私のために調べてくれていたのだ、と今わかった。


「…きっと未来は明るいと思う」と中崎さんが言ってくれる。


「中崎さんは何って書いてたんですか?」


 私たちは食洗機にお皿を入れると、それぞれのおみくじを見比べることにした。ソファに並んで座って、おみくじを交換した。


「中崎さんは…恋愛成就ですって」と言うと、「十子ちゃんは本当に恋愛したかったんだ」と笑われてしまった。


 私の恋愛は「時期尚早」と書かれていた。


「中崎さん…やっぱり私は経験を積まないとだめなようです」と肩を落とした。


「まぁ、今のまま突っ走ったら、ちょっと危ないと思うから、当たってるのかもね」


「えー。当たってるんですか」


「でもほら、待ち人は『いずれ来る』ってなってるから。やっぱりちゃんと考えないと…」と言われてしまった。


「うーん。まだまだ先なんですね」とため息をついた。


「じゃあ…先で待ってる」


「え?」


 恋愛成就の人がこの先で待っていると言うことなのだろうか。


 私が固まっていると「お父さんがケーキ買ってくれたの、みんなで食べましょう」と母が声をかけてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る