第31話
練習相手
ふと目が覚めて、夜中に下に降りたくなった。また中崎さんがお腹空いているかもしれない、と思ったからだ。階段を降りようとすると、話し声が聞こえる。音を立てずにそっと階段を降りていくと、その声が中崎さんとお父さんの声だと言うことが分かった。
「……」
「……」
何を話しているのかさっぱり分からない。もう少し近づいて、と階段を降り切ったところで、後ろから口を押さえられる。驚いて声を上げそうになったら「十子、静かに」とお母さんだった。
(何してるの?)と振り返ると、どうやら立ち聞きしているらしい。夜中にお父さんがこっそりベッドがから出ていったので、後をこっそりつけていたという。
「何話してるのかしらね」と私の耳元で言う。二人でこっそり中崎さんが寝ているはずの和室に四つん這いで近づいた。
「…は変わった子だから、友達もいなくて…幽霊が見えるとか、突然泣いたり…叫んだり…」
(どうやら私のことらしい)
「だから諦めて欲しい」
お母さんが横で拳を握り締めている。
「君はきっとモテるから十子じゃなくていい」
突然、和室の襖を開けて、
「そんなのお父さんが決めることじゃないでしょー」と叫んだのはお母さんだった。
私は横で四つん這いで固まる。変な格好を見られて恥ずかしい。
「十子ちゃん…」とそんな私を中崎さんが見るから「あ…お腹空いてないですか?」と間抜けな格好で、空気を読めないようなことを言った。
そしてお母さんはお父さんのパジャマを掴んで、無理矢理寝室まで連れて帰った。その間、私はゆっくりと腰を降ろして座った形にフォーメーションを変えてみたが、四つん這いの姿を見られたことに変わりない。
「ごめんなさい。うちの父が、それと…あの…」と言い訳を探していると、中崎さんが笑った。
「君のお父さんから夜中に話があるって、言われて…」と紙を見せられる。
びっしりといろんな可能性を樹形図で書かれていた。
付き合う、付き合わないから始まって、ありとあらゆる可能性が書かれて、どれも悲惨な終わり方で、本当にそのうちの一つだけ結婚となっていた。そして十子の条件として「変な人間」と書かれていた。
「…間違いないです。だって…父が変なんですから」と私は落ち込んだ。
「…僕は嫌いじゃないけど。だって…こんなものを君のために書いたんだから。それにね…。多分言って欲しかったんだと思う。これだけの条件を覆して、ここまで辿り着けるのかって」と言って、結婚のところを指差す。
「結婚」と思わず、その響きにふわふわしてしまう。
「そう。それまでにこれだけ困難があるんだよって教えてくれたんだと思うんだ」
「…そんな」
「でも僕にだって、条件がある」
「条件?」
「犯罪を犯しているかもしれないという可能性」
「犯罪…じゃないです」
「法で捌ける犯罪じゃないかもしれないけれど、罪を犯しているかもしれない…そう思うと…。この可能性は低くなる」と結婚を指差す。
結婚の文字がやたらと気になってしまい、うっかり大きな声を出す。
「そんなことないです。そんなこと言ったら、誰だって、罪を犯してるし…」
でも途中からそれは「中崎さんと結婚したい」と聞こえるようなことを口にしていると思って、勢いが萎んでしまう。
「…だから言えなかった。何かも…乗り越えられるつもりですって」
私は何を言ってあげればいいのか、言ってあげれる言葉が私にあるのか分からなくて黙ってしまう。
「でも…十子ちゃんのことは好きだから、恋愛の練習相手にはなるよ」
(練習相手…)
なぜかその言葉が胸に刺さった。私はぎゅっと拳を握って、立ち上がった。
「そんなこと言ってられるのも今のうちですよ」
驚いたような顔を中崎さんが見せる。
「百戦錬磨になるんですから」と鼻息荒く宣言する。
結果、笑われた。
ダメなルートを選んだらしい。私はお父さんの書いた樹形図を見て「十子、調子に乗って、呆れられる」という結果を辿る。しかもそれが一番上に書かれてあった。流石、我が父である。彼の読み通りに早速、詰んでしまった。
「それでお腹空いたって聞いてくれたよね? コンビニ行く?」
「お腹空いてないのに?」
「ただ夜の散歩に」
「? いいですけど」と言って、私は上着とお財布を取りに部屋に戻る。
玄関を出ると、中崎さんが手を繋いでくる。恋愛の練習相手…、と言う言葉を頭の中で繰り返した。
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