第29話
解散
梶先輩と吉永さんが帰ってきた時、二人は楽しそうに笑いながら戻ってきた。
「お待たせ」と梶先輩が私の頭をぽんぽんと叩く。
惚れてしまいそう。つくづく、先輩が女なのがもったいない、と思ってしまう。
「和風カフェとやらに行こうか」と梶先輩が言うのだけれど、私が事前に検索していたお店は閉店していた。
でも誰一人私を責めることなく、駅前までバスで戻って、蕎麦でも食べようか、と言うことになった。またバスでは梶先輩と隣同士の席になる。
「十子、今週、泊まりに来るって言ってたよね
「はい。いつが都合いいですか?」
「いつでも大丈夫。二泊くらいしたら?」
「えー。いいんですか」
「十子なら大歓迎」と言ってくれるので、嬉しくなる。
本当に私は梶先輩が大好きだ。
「じゃあ…、餃子パーティしませんか」
「十子、それは無理。営業だからニンニクの匂いはアウト。たこ焼きにしよう」と言っていると、後ろの席にいる吉永さんが「俺、お酒とかカンパするんで、参加させてください」と顔を覗かせてくる。
「ちゃんと帰るならいいけど」
「あー、じゃあ…中崎の家に泊めてもらおうかな。近いし。中崎もスイーツ持って、参加は?」と言っている。
吉永さん、今回の二人きりの時間では告白しなかったのかな、と私は思った。でも笑いながら降りてきた二人の様子を見ると、悪い感触じゃなかったから…これからなのかもしれない。何だか心から応援したくなった。
結局、中崎さんも来ることになってタコパをすることになった。ちなみに中崎さんの後ろには今は誰もついていない。待ち時間にしていただいたご祈祷が効いてるようだった。そして御守りも購入したので、生き霊はまた着くかもしれないけれど、しばらくは楽になるはずだ。
「よかった」と私が呟くと、梶先輩に耳元で「中崎が来るから?」と聞かれる。
「あ…。そう…ですね」と私は誤魔化した。
でも中崎さんが来るのは色んな意味で助かる。アタックしたい吉永さんにとって私は邪魔者だから私の居場所ができるし、それに、単純に私は嬉しかった。
「十子が好きならいいと思う。頑張れ」と梶先輩に応援されて、何だか困ってしまった。
「うーん。でもあまりにも差が…」
「そうかな? またふわふわに髪の毛してきたら?」
「梶先輩、好きですよね。ふわふわ」
「最初…十子を見た時、ふわふわして女の子っぽい子が入ってきたなぁって思ってたら、仕事させたらちゃんとしてくれるし、すごく真面目だからギャップ萌えした」と言ってくれる。
「仕事はちゃんとしますよー」と私は嬉しくて、唇をわざと尖らせる。
「まぁ、他の子は面倒臭そうなんだよね。私が頼むと。中崎が頼むと全然違うから。十子は私でも喜んで受け取ってくれるし…」
「それは…当たり前で…」
「それが通じない場所もあるしね」と梶先輩が言う。
「これからも仕事持って来て下さいね。梶先輩のを最優先で頑張ります」
「こらこら」と笑いながら優しく諭してくれる。
会社で一番好きな人が梶先輩だ。
「先輩は好きな人いますか?」と聞いてみた。
「十子」と言いながら髪をくしゃくしゃしてくれる。
「えー。嬉しい」と声が一段と跳ねる。
「だから十子には幸せになって欲しい」と真面目に言いながら、くしゃくしゃになった髪を撫でてくれる。
私はなぜか梶先輩の淋しい横顔が気になった。
蕎麦を食べ終えると、解散となるのだが、中崎さんが私の家に来る約束をご丁寧に覚えていた。
「え? 小森さんの実家に行くの? 実家に?」と吉永さんに何度も確認される。
「あ、うちの母が…」と言いかけた時に、「ちょっと」とおいでおいでをされて少し他の二人から距離を置く。
たまたま二人は仕事の話をしていた。
「え? そんなに話、進んでるの?」と聞かれる。
「いえ。なんの話も」と私が言うと「だよなぁ…。あいつのこと、ちょっと苦手だろ? 今日はごめんな」と小声で謝られてしまった。
吉永さんが全然、私の気持ちが分からないようだった。それか私が理解できないのか。多分、両方なのかもしれないけど。だから上手くいくはずがない、と納得した。
「あ、いえ…。吉永さんは、進展ありましたか?」
「あ…。ま…あ、またその話は聞いてくれ」と慌てたように言う。
「十子ちゃん、行こう」と後ろから中崎さんが声をかける。
「あ…はい」と返事した瞬間手を取られた。
「あ、じゃあ、みなさん、お疲れ様でした」と私が中崎さんに引っ張られるようにして改札をくぐる。
遠目に梶先輩が手を振ってくれて、吉永さんが片手で私を拝むようにするのが見えた。手を引かれたままエスカレーターでホームに上がる。
「中崎さん…。足大丈夫ですか?」と私は聞いた。
「大丈夫。でも何話してたの?」と聞かれた。
「えっと…中崎さんと二人きりにしたことを謝られました」
「え? あいつ…十子ちゃんのこと気にしてるってこと?」
「気にしてる? はないと思うんですけど、一応、気を遣ったんじゃないですかね?」
「気を遣う?」
「まあ…そんな感じだと思いますけど。最寄駅に着いたら、ドラッグストアがあるんで、湿布買いましょうか」と私は足が気になってしまう。
「…それはいいけど」
「よくないです」と言いながら、私は母にもうすぐ帰ることを携帯でメッセージを送る。
すぐに返信が来た。足を挫いたと言うことも伝えると父が駅まで迎えに来てくれるという。
「あ、駅までお父さんが来てくれるそうです」
「え? そんな悪いよ。タクシーで行こうか」
「いいんです。今日は珍しく家にいるから。普段は大学に入り浸ってて…帰って来ないから」とメッセージの確認を終えて、中崎さんを見ると、なぜか顔を覗き込んでくる。
「十子ちゃん、まつ毛に白いのが…」と言われたので、手で擦ろうとすると、その手を取られる。
「擦っちゃだめだから。目を閉じてて」
視界が閉ざされると、何も見えなくて緊張してしまう。中崎さんの指が瞼に触れる。途端に私は良からぬ想像をまたしてしまいそうになって顔が熱くなる。
「取れたよ」
目を開けた瞬間、電車が揺れて、私はバランスを崩しそうになったが、中崎さんが背中を支えてくれる。
「ありがとうございます」と言いながら、私は生まれて初めて、男性の腕の中にいることに感動を覚えた。
「大丈夫? ほんと、危なっかしいな」と優しい笑顔がすぐそこにある。
「あ…」
少女漫画みたい、と私は心の中で叫んだ。そして大人の階段を一つ登ったようで、嬉しくなった。思わずにやつく顔を隠すために両手で顔を覆う。
「ごめん」と背中の手を離されてしまった。
「いえ。あの…いい経験させていただいて…」
「へ?」と気の抜けた声がした。
「今の…とってもよかったです」と顔を隠したまま言う。
そうは言っても指の隙間からしっかり見てしまう。呆れたような驚いたような、そして少し恥ずかしそうな顔になってく。
「十子ちゃん…。そういう台詞は今使うべきじゃないと思うんだけど…」
(あれ? 間違ってた?)と手を顔から外すと、なぜか中崎さんの頬が赤くなっている。
シスターズがいないせいか、私は気にすることなく中崎さんと話すことができた。間違いなく、シスターズのせいで中崎さんは失恋をし続けるのだ、と確信した。
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