第28話

おみくじ


 私たちは神社に参拝して、おみくじを引いた。

 吉永さん→大吉

 梶先輩→吉

 中崎さん→吉

 私→末吉


(そんな気がしてた)と私はしょんぼりと肩を落とす。


「十子、大丈夫よ」と梶先輩が肩を抱いてくれる。


「はい…。まぁ。凶じゃないんで…なんとか」とは言っても、どう見ても小者感が拭えない、とおみくじを見ながらため息をついた。


 おみくじをそのまま畳んで鞄に入れる。中崎さんがスマホを見ていたが、しばらくするとにっこり笑って、私を見る。私よりいい運気だからだろうか、と捻くれた気持ちになったが「ちょっと僕は足が痛いので、ここで待ってます。三人で上まで行ってください」と言われた。


 境内の中にカフェがあるので、そこで待っているという。私は上まで行こうと思っていたが、「小森さん、中崎についてあげて」と吉永さんに言われた。


「あ…。ごめんなさい」と私は思わず謝ってしまった。


 うっかり吉永さんの間に入ってしまいそうになる。


「え? 十子行かないの?」と梶先輩に言われたが、私は「あ、ちょっと疲れたので、私も休憩しておきます」と断った。


 そして二人で裏の方まで歩いて行った。吉永さんは告白するんだろうか、と私は後ろ姿を見ながら考える。


「ごめん…。気になるよね」


「え? 二人のことですか?」


「吉永の…」


「あ、大丈夫です。結局…、なんとも思われてなかったんだなぁって分かって、ちょっとがっかりしただけで。私も…嫌な部分があって。打算みたいなものもあったりして…」とぐずぐずと言う。


「打算?」


「社内のみんなは中崎さんに釘付けだったので、吉永さんだったら…アタックしても怒られないかな…とか。後、普通に付き合ってくれるかなって思ってたから」


「普通?」


「幽霊見えても、気にしないでいてくれそうで」と正直に言うと、中崎さんは笑った。


「まぁ、彼…、すごく明るいもんね」


「はい。見えるって言っても、『ふーん』って流してくれる気がして…。それで付き合いたかったんです。好きとかそういう前に私のことを受け入れてくれるんじゃないかって言う打算です。でも受け入れてくれるどころか、興味が全くなかったという…計算がそもそもあってないというか…」と私は勝手に落ち込んだ。


「そう言うこと、十子ちゃんが考えていたとはね」


「好きになるのは怖くて…。でも異性とちょっと付き合ってみたかったんです」


「正直だなぁ」


「一応、年頃の女ですから…。年齢=彼氏いない歴を重ねたくなくて」とくだらないことを言うなぁ、と自分で分かってても言う。


「え? 彼氏いなかったの? 学生時代も?」


「…はい。友達もできなかったんですから。…だから切実な問題で、かなり切羽詰まってるんです」と真剣な顔で言ったのに、笑われてしまった。


「彼氏ができたら何がしたいの?」


「何って…」


 デートとか…と言う前に中崎さんに「セックス?」と聞かれてしまった。


 私は中崎さんの顔を思わず、まじまじと見てしまう。こんな綺麗な顔ですごいこと言った、と私は思わず口を開ける。


「そ…」


「そういことも含めての彼氏だったら、本当に好きな人と…がいいと思うよ」


「え?」


「彼女になった人に手を出さない男はいないから」


 私はそこまで考えていただろうか…。何となくデートして、もちろんその先にはあるのかもしれないとぼんやりとは思っていたかも知れないけれど、焦りの方が勝っていて、そこまで真剣に考えてはいなかった。


「…ご…教授…ありがたく…」となんとか答えた。


「お茶でも飲みに行こう」


 足の痛い中崎さんをずっと立たせていたことにようやく気がつく。


「そうですね。カフェ行きましょう。私…そう言うことできる人を探してみます」


「え? それは違うと思うけど…」


「いえ、それも含めて検討するってことですよね?」


「どうして人を好きになるのにそう言う条件から入るの?」と呆れたように言って、カフェに向かう。


 私は中崎さんの後について行った。そう言うこと、つまりセックスができる人を好きになる? 意味が分からなくなってきて、カフェに着いた時は異常に喉が渇いていた。


 二人でアイスコーヒーを注文する。向かい合って座ると綺麗な顔を真正面から見てしまう。横顔も正面も綺麗だ。


「恋愛…マスター、ご指導よろしくお願いします」


「は?」と中崎さんが聞き返す。


「中崎さんはお付き合いされた方、いますよね?」


「…いるけど」


「それは向こうから?」


「まぁ…うん」


「それで好きになっていったんですか?」と食い気味に聞いてしまう。


「なんか…恥ずかしいんだけど」と大きな手を額に当てる。


「あ、ごめんなさい。経験不足すぎて。友達もいないから、恋バナとも縁が遠くて…。梶先輩にはそう言うこと聞けないし…」


「そっか。じゃあ、仕方ない。大体、良い子だなって思って…付き合って…。だめになることが多いかな」


(あ、それ、生き霊のせいだ)と私は思った。


「恋愛運を上げるには、お祓いしてもらった方がうまくいくかも。この後、ご祈祷頼みますか?」と私は言う。


「うん? 恋愛運あげた方がいいの?」


「恋愛運っていうか…あの今までうまく行かないのは…えっと、ちょっとご本人同士の問題じゃなくて…。嫉妬される方が多いからじゃないかなぁと思うので」と私は遠回しに説明した。


「そうなんだ…。まぁ、ご祈祷受けてみようかな。でも…十子ちゃん、話聞いてた?」


「はい? セ…。あれが…できる相手ですよね」


「いや、そこじゃない」


「はい?」


「…あの、少し前に、君のこと気になるって言ったの覚えてないの?」


(あ…)と口だけ開けた。


「お待たせしました」とコーヒーが運ばれてくる。


 目の前に綺麗なアイスコーヒーが置かれた。私はうっかり中崎さんをあれができる対象として考えてしまって、顔が熱くなる。こんな綺麗な人と…と僅かながら想像して、アイスコーヒーを眺めながら、 ブラックアウトしてしまう。


「む…り…です」


 今度は中崎さんが固まっている。


「あの…そんなきいれ…きいい」と私は口がどもってしまった。


「きい?」


「きいいい…れいな…人と…あれが」と私が必死で言うと、中崎さんも顔を赤くした。


「どこまで想像してるの」と思わず怒られてしまった。


「ごめんなさい」と反射的に謝る。


 本人を目の前にして失礼過ぎた、と私は俯く。


(はぁ…恋愛するのって難しい)とため息をついた。


「十子ちゃん…」


「はい」と私は恐る恐る顔をあげる。


「不安すぎる」


「え?」


「変な恋愛思想で怖いから、何もかも終わったらデートしよう」


「デート?」


「デート」


「デートだけ?」


「デートだけ」


 デートをご教授して頂けることになった。しかもあれなしで。私は年齢=彼氏なしは継続するが、デートはしたことがある、という経験値をあげることができる予定となった。


「わぁ、ありがとうございます」とその場で頭を下げた。


「どこ行きたいか考えてて」


 頭を上げると、優しくて、綺麗な笑顔がそこにあった。

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