第25話

一歩



 乗り換えも降りる駅もずっと手を繋がれている。待ち合わせ場所に近づくと、梶先輩や吉永さん、二人に見られてしまう。慌てて私は手を離す交渉をすることにした。


「中崎さん…。もう逃げないので…離してください」


「十子ちゃん…」と悲しそうな顔をする。


「約束します。絶対…中崎さんの言うこと聞きますから」と私が言った時、後ろから梶先輩が「おはよう。何してるの?」と私の顔を覗き込む。


 そしてガッチリ掴まれた手を見て、「あららら」と言う。


「…あ…あぁ…あの…これは」と私はどうしていいのか分からずに口を開けたり閉めたりするが良い言い訳が出てこない。


「十子ちゃんが可愛くて…うっかり」と中崎さんが言う。


 思わず中崎さんのことを見る。


「十子のこと、好きなの?」と驚いたような声で梶先輩が聞くので、私は首を横に振った。


「可愛いから、つい…」と中崎さんが言うと、意外と真面目な声で「『つい』では私は許しません。手を離しなさい」と梶先輩が言ってくれる。


「本当に十子を幸せにする気持ちがないと、渡しません」と梶先輩が言ってくれるので、中崎さんは手を離してくれた。


 私は思わず梶先輩に抱きついて、本当に泣いてしまった。


「え? 何? 十子、どうしたの? 嬉し泣き?」と言われたので頷いたが、本当は怖さからの緊張が解けて涙が出たのだ。


「先輩が…そんな…」


「何? 十子? 大丈夫?」


 梶先輩はやっぱり優しいなぁ、と抱きつきながらそう思った。だから梶先輩の家にいるあの人について、私は少し知りたかった。そうしていると、吉永さんが来て、驚いていた。


「何があったの?」


「僕がちょっと困らせてしまって」と中崎さんが素直に謝る。


「へ? 中崎が?」と理解できないように首を傾けた。


 そう言うわけで、私は梶先輩と歩いて、その後ろを男性二人がついてくる形になった。背中に吉永さんの視線が突き刺さる。駅からバスに乗るのが、私は梶先輩の隣に座ったので、安心したのか、すぐに眠ってしまった。


「十子、着いたよ」と梶先輩に揺り起こされる。


 山の空気は澄んでいて、少しひんやりしていた。


「ところで今から行く神社って…縁結びとか?」と吉永さんがうきうきした声で聞く。


「えっと…まぁ、色々、なんじゃないですか?」と言いながら、本当は厄祓いが得意なのだけれど、誤魔化しておいた。


 鳥居を潜ろうとした時、中崎さんが少し足を挫いた。シスターズが引っ張っているのだ。絶対的に入れない領域だからだ。私と梶先輩が先に入っていたから、私は中崎さんに手を伸ばした。シスターズには睨まれたが、実は中崎さんのための神社でもあるのだ。悪いけれど…ここから先は入れない。


「ごめんね」と私は後ろのシスターズに言う。


「十子ちゃん?」と言って、中崎さんは私の手を掴んだ。


 そして鳥居をくぐる。たった一人になった中崎さんを私は初めて見た気がする。


「ちょっと…気持ちが悪い」と中崎さんが言うので、「先輩、先に行ってください」と私は言う。


 嬉しそうに吉永さんが「あ、じゃあ、あとで合流しよう」と言った。


 私はカバンから持ってきた水を出した。


「飲んでください。ただの水ですけど…」


「…ありがとう。何だかくらくらする」


「しばらくしたら…落ち着くと思いますよ」


 あれだけの人が一気に離れたのだから、何らかの異変はあるだろう。私は黙って、横で立っていた。


「…ちょっと落ち着いた」と水を返されたが、「それは…中崎さんが飲んでください」と私が言う。


「何があったのか分かる?」


「中崎さん…今までずっと…たくさんの女性と歩いてたんです。ずっと」


「え?」


「死んでる人も、生きてる人もたくさん…。中崎さんの魅力だろうけれど…大変だったと思います」と言うと、中崎さんは驚いたような顔をする。


 怖がりなので言っていなかったが、今なら言える。でも生き霊はここを出たら、また数人は待ち伏せしているだろう、と思った。


「…あのさ。その中に小さな女の子いなかった?」


「え? 小さな? うちに来た子ですか?」


「いや…もっと小さな…分からないけど」


「いえ…。見たこと一度もないです」と私が言うと、なんとも言えない顔をした。


「どうかしたんですか?」


「いや…。ごめん」


 私は手を差し出した。何だか辛そうだったからだ。何だか溺れて息ができないような苦しさを感じる。


「…十子ちゃん。ごめん」


「良いですよ。私は…常に誰にも優しくしようと心がけていますから」


「さっきは怖かった?」


「お化けより…正直、怖かったです」


「本当に悪かった」


「…もう謝らないでください。私…、中崎さんがそんなに苦しんでるなんて思ってなくて…。私がどんな力になれるか分からないですけど…。ちゃんとお手伝いします」


 いつもきらきらしている中崎さんも素敵だけれど、私は今の正直な姿の中崎さんも魅力的に見える。飾らず…肩で息をしてて、大変そうではあるけど、嘘の姿ではない。木漏れ日が光を揺らして落ちている。


「中崎さんの辛さ…少し和らぐと良いですね。私は今日、そうお祈りしますね」


 中崎さんの目が少し揺れて、光を反射させる。

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