第24話
取引
電車の窓の風景を眺めながら、私は考える。無言で手を繋がれながら座っている私たちはどう見えるのだろう。倦怠期が来た恋人? それとも喧嘩中の? どうして中崎さんが私を好きにさせようか必死だったかはわからない。でももし私が好きにならなくても、ただ利用したいだけなら、してもらって構わない、と思った。きつく握られた手は中崎さんの強い不安を感じる。
「中崎さん…私でよければ力になります。だから…本当のことを教えてください。きっと…私が幽霊見えること…関係あ…ると…」と私は震えながら…必死に言った。
「十子ちゃん…かわいそうに」と言って、目を瞑る。
私の手を握る力が少し弱まったので、逃げることはできる。それでも…私は逃げることをやめた。何だかようやく中崎さんの嘘偽りない本当の姿に触れている気がしたからだ。
「あの…もし…私が逃げる心配をされるのなら、…私…のこともお手伝いしてくれたら、それでいいです。私、自分で言うのもなんですけど義理堅いので、ちゃんとします。私のこと…必要とされてるのなら…。ギブアンドテイクで…本当にちゃんとします」と必死で訴える。
今なら中崎さんの心の奥に届くような気がした。
「手伝い?」とぼんやりと私を見る。
「はい。えっと…あの…二つあるんですけど…。そしたら中崎さんのことをわざわざ好きにならなくても、私を利用できるんじゃないでしょうか?」と私は震える声で言う。
どうかこれで手を打って欲しい、と思いながら。そしてそれが犯罪でありませんように、と願いながら。
「十子ちゃんの言うお手伝いって、何?」
「まずはあの幽霊の女の子のお家を探して…お母さんに会わせてあげたいんです…。地域は小学校より特定できました。あとはお母さんの居場所を探すことです」
「もう一つは?」
「もう一つは…梶先輩のことですけど…それはまだちょっとぼんやりしてて」
「ぼんやり?」
「来週、先輩の家に調査に行こうと思ってます」
「あ、なんか言ってたね…」と言っている顔はいつもの優しい中崎さんに戻っていた。
「だからあの…中崎さんのことも…犯罪とか…でなければ…誠心誠意…お手伝い」と私が震え気味に言うと、軽く笑った。
「かわいそうに…怖がらせてしまった」と私を見て、微笑んだ。
「犯罪じゃ…ないです…よね?」
「…どうかな。分からない。でも十子ちゃんに逃げられたくなかった」とまた私を握る手が強くなる。
「え?」
(これはやばい案件か?)と私は唇を震わせながら、ぎこちなく笑った。
「僕のことは最後でいいから…。じゃあ、手伝うよ。こんなに怖がらせてしまったし」
「あの…中崎さんのことは…」
「…もしそれを知ってしまったら、また逃げ出されるかもしれないし…。まぁ、先に十子ちゃんの方を手伝ってから…にするよ」と穏やかな口調で恐ろしいことを言う。
犯罪なのかもしれないし…、そうじゃないのかもしれないけれど…と私は逡巡していると、中崎さんが笑いかけた。
「きっと本当のことが分かったら、嫌われると思って」
変なことを言っているのに中崎さんは相変わらず眩しかった。本当に誰もが一瞬で好きになるような顔をしている。声も素敵だ。何もかもイケメンなのに…一体、何を隠しもっているのだろう。シスターズたちを見るが、みんな首を傾ける。
霊や生き霊だって元は人間なんだから、千里眼があるわけでもない。私だって幽霊は見えるけれど、その人の未来や過去が見えるわけでもない。それで本当に中崎さんの力になれるのだろうか、と思った。
「じゃあ、あの…二度と…私を好きにさせようとしないでくださいね」と私はおどおどしながら言う。
「それは…どうかな」と言って、握っていた手の指をからめられた。
そしてイケメンスマイルを取り戻して私を見て、微笑む。
「僕は本当に好きになって欲しいって思ってないわけじゃないんだけど?」
二重否定されて、意味が曖昧になった。
「私は…絶対…中崎さんのこと…好きになんか…なりません」と最後の方はちょっと声が小さくなってしまった。
「分かったから…手を離さないで欲しい」と手を握っているのは中崎さんの方なのに何故かそう言われて、私は何も言えなくなる。
本当は私のこと好きじゃないくせに…、と思いながら、でも強く握られた手から中崎さんの裡にある恐れが伝わってくる。一体、この人は何に怖がっているのだろう。
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