第20話

データ消去

 私は尻餅をついている中崎さんに手を伸ばす。


「大丈夫ですか?」


「うん。う…ううん」


「え?」


 手を握られて、まだ会社に残るか聞かれた。


「九時までには帰る予定ですけど」


「じゃあ、決済…えっと経費の申請するまで待ってって。すぐ終わるから。隣の机使っていい?」と一気に言った。


「いいと思いますけど…」と言うと、慌てて私の隣の机に座った。


 人妻さんの机だ。そこに領収書を並べて、急いで申請書に書き込んでいる。私は横でおにぎりを食べるのも気がひけたので、シュークリームだけ食べることにした。とにかく糖を入れないと…と思ったからだ。


「十子ちゃん、後で奢ってあげるからさ、さっさと仕事終わらせて帰ろう」


「どうかしたんですか?」


「みんな帰って…変な音がするんだよ」と言うから、私は後ろにいるシスターズを見ると、全員が首を横に振っている。


「あのさ…視線を違うところにするのは…怖いんだけど」と一々うるさい。


「気のせいですよ」と言ってシュークリームを齧っていると、「仕事手伝うから」とまで言われてしまった。


「分かりました。すぐに私も終わらせます」と言ってスリープ状態を解除する。


 まさかだが、なぜかデータが消えていた。


「あ…」


「え? どうしたの?」


「データが…打ち込んだデータが」


「えぇ?」と中崎さんが覗き込む。


「保存してなかった?」


「してましたし…。それに定期的に自動保存されてるはずです」


「まさか…」と青い顔をしている。


「何がまさかなんですか?」


「霊の仕業?」


「もうそんなこと…されたら私怒ります」


 どうにもならないので、結局、中崎さんにも手伝ってもらって、仕事を終えた。十時半だった。


「はぁぁぁ。お腹空いたー」と言って、残っているおにぎりを半分こにする。


「軽く食べて…帰ろう」


「はい」とおにぎりを口に入れて私は頷いた。


「でも…帰るの遅くなるよね」


「まぁ…でも帰ってからご飯だったら私倒れます」とおにぎり半分、シュークリーム一つ食べたけど、そんな気分だった。


「うん。焼き鳥でも食べて帰ろう。家まで送るから」


「そんなことしたら…中崎さんが帰れなくなりますよ」


「じゃあ、一緒に帰ろう」


「え?」


「小森さんの家に泊めてもらったらちょうどいいから。明日はほら、神社行くし。先に荷物取りに言って、そこから小森家に帰ろう」と柔らかい笑顔を見せる。


 勝手なことを…と思ったがデータ入力を手伝ってもらったからそんなことは言えなかった。私が母に連絡すると、ものすごく嬉しそうだった。晩御飯もぜひ、と言われたが、私がお腹が空き過ぎて、無理と断っておいた。


「じゃあ、ご飯食べて帰ろう」とさっきは震えていたのに、急に元気になっている中崎さんを見て、私は不思議に思った。

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