第19話

怖がり


 ランチを食べ終えて、私は自販機の前で何を飲もうか苦悩する。もうミルクティとか選ばなくていいのだ、と思いつつ、今日は何だかフルーティーなものが飲みたい。オレンジ果汁100%…、ピーチジュースか…りんごジュースか…と指をボタンの上を這わせる。


「うーん。なんかなぁ…。これっていうのがないなぁ…。トマトジュースとか…」


「はい」と言って、目の前にトマトジュースが現れた。


▷たたかう

▷にげる

▷なかまにする


 振り返らなくても分かる。トマトジュースwithイケメンフューチャリングシスターズだ。


「あ…の…」


「コンビニ行って、間違えて買ってしまった」


「何と間違えて?」


「りんごジュース」と言って、リンゴジュースも現れる。


「どうして間違えるんですか? って…ごめんなさい」


「え?」


「ごめんなさい」と私は素直に謝った。


「いいよ。僕たち、友達だもんね」と顔を覗き込まれた。


 私はあの後、中崎さんに八つ当たりをしてしまった。女子に睨まれているのは中崎さんのせいかのように思って、つい、そのまま席を立ってしまったのだった。


「はい。友達です」


「だから、あげる。トマトジュース好きなんて、変わってるね」


 私が振り向くと、中崎さんと梶先輩がいた。


「…梶先輩まで?」


「十子が好きなのはトマトジュースって教えたの私」と得意げにウィンクをする。


 そして中崎さんからトマトジュースを受け取った。


「中崎いいやつだから…、仲良くしてあげて」と言って、梶先輩は去って行った。


「知ってます。いい人なのは」と梶先輩に向かって言う。


「本当に?」


 後ろの人たちまでこっちを見ている。


「…本当に」


「よかった。ごめんね。なんか空気読めなくて」


「いいえ。私の方こそ。八つ当たりしてしまって。…どうして友達ができないんだろうって…ちょっと悲しくって。人妻にも呪われるほど嫌われちゃうし…」とやっぱりそれは悲しい出来事だった。


「それは…君のせいじゃないから」


「え?」


「十子ちゃんは何も悪くない」


 さらっと名前を呼んだけれど、その後の言葉が私に響いた。私は自分がどこか失礼な人間なのか、もっと何か気を使うことがあるのかとか、悩んでいたのだ。


「…お友達、もっとたくさん作りたいです」と私が言うと、中崎さんは「友達? 百人できるかな?」と言う。


 そう言いながら目が笑っていた。いい人だけど、そういうところが私は気になる。


「いいなぁ。中崎さんは…たくさんの人に好かれて…。私も明日からたくさんの人に好かれる人になれたらいいのに。じゃあ、トマトジュース、ありがとうございました」と言って、私は自分の机に戻ることにした。


 お昼から仕事を順調にこなし、定時で上がれそうだった。


「小森さん、華金なのに予定ないの?」と課長が聞いてきた。


 わざわざ聞いてくるということは、意図があるのだ。


「残業ですか?」


「…察しがいいね」とあの人妻がする作業だったのを渡された。


 私はお金を稼げるので、問題はない。課長はそう言って「ちょっと今から接待の席に顔を出すから悪いね」と言った。


「大丈夫です」と私は受け取って、単純な仕事で残業なのは楽でいいな、と思った。


 それは大間違いだった。単純作業は眠たくなってしまう。その上、大量なので、どうしても気が抜ける。夜の八時になって、ようやく目処がついたが、お腹が減りすぎて、震えてきた。ちょっと外に出て何か食べるものを買ってくることにした。それくらいは許されるはずだ。独身だから仕事を押し付けられているのだから、それくらいしても怒られないはずだ。近くのコンビニに行くことにした。外に出ると、近くのコンビニが光って佇む。

 ふと、蛍光灯の灯りを見ると、中崎さんと一緒に食べたカップラーメンを思い出した。食べたいと思ったが、流石に会社に持ち帰りはできない。大人しくおにぎりとスイーツを買うことにした。

 エネルギーチャージして九時までには帰ろうとオフィスに戻る。気がついたら、ほとんどの人たちが帰っていた。


「まさか最後じゃないよね」と呟いて、私は席に戻ろうと、部屋に入った時、誰かとはちあって「わぁ」と叫ばれた。


「わぁぁ」と私も叫ぶ。


 叫ばれたことに驚いて叫ぶ。


「あー。十子ちゃん」と中崎さんは腰を抜かしていた。


「どうしたんですか?」


「いや、ちょっと」


 あ、この人、怖がりだったわ、と思い出した。

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