第18話
ランチタイム
吉永さんと入れ替わりのように美人人妻の体調が悪くなったようで、病欠している。社食でランチを食べていると、うどんを運んできた吉永さんが目の前に座る。
「結局、なんだったんだ?」と吉永さんは私に聞いてきた。
「分からないんです」
「え? 聞いたんじゃないの?」
「聞いたんですけど…。答えてくれなくて…」
「ふーん。髪の毛に毒でも入ってたのかってくらい体調悪かったんだけど」とため息をついて、ゆっくりうどんを口に運ぶ。
ちょっと痩せた気がする。
「もう吐くは、お腹壊すわ。何もかも出ていった…みたいな」
「じゃあ良かったですね」と私はにっこり笑う。
「…良くない。…まぁ…週末まで回復したのはありがたいけど」
どうして吉永さんは私に話しかけてくるのだろう。梶先輩と仲がいいからだろうか、と私は思った。
「ん? なんだ?」
「…あの…聞いてもいいですか?」と私が言った途端、食堂の入り口からイケメンオーラが漂ってきた。
それを見ないようにして「私のこと…どう思いますか?」と聞いてみた。
「は?」と吉永さんは思わず固まって、うどんが箸先から落ちていった。
「隣にいるだけで、憎いとか…思いますか?」
「え? あ、そ…そうか。いや…。んー。なんていうか…小森さんはフラットなんだよなぁ」
「フラット?」
「なんかこれ言ったら怒られるかも知れないけど。女性らしい…嫌なところがないっていうか…。ほら、中崎を取り合いしてる女性とは違うっていうか…。俺、男兄弟だったから媚びとかそういうのがなんか怖くてさ」
「…媚び…」
「そう。いや、まぁ、少しなら可愛いかも知れないけどさ」
(媚びてました。私、あなたにかなり媚びてましたけど、通じてなかったんですか)と唖然としてしまう。
「私…そんなに…可愛げないですか?」
「え? いや、普通だよ。普通。うん。だからなんで恨まれたりしたのかなぁ」と吉永さんは違うことを考え始めていた。
もう正直、美人人妻がどうして自分のことを恨んでいたのか、知ったところでどうでもいい話だが、私に女子力が足りない方が問題だ。
「ここいい?」とイケメン中崎さんが後ろの女性に断って、吉永さんの隣に座る。
女性たちは少しでも近くにいたいのか、隣のテーブルが空いてないので、座っていた課長を追い出した。
「あ…中崎、毎日大変だな」と吉永さんは言う。
私が激しく落ち込んでいるのを中崎さんは勘違いして、慰めモードに入った。
「いや…。まぁ、僕は。と…小森さん、大丈夫?」
「え? 大丈夫じゃないです。大問題です」と私は真顔で言った。
「あ、いや、ほら、小森ちゃんはサイズが可愛いから大丈夫だよ」と何だか分からないことを吉永さんが言う。
「…サイズ?」
「小さいし」
それはいわゆる小学生レベルの可愛らしさということだろうか、と首を傾ける。そこに梶先輩も来て、頭をくしゃくしゃする。
「十子…。なんで最近、ふわふわの髪しないの?」と言って、私の隣に座った。
「…そんなの…何の役にも立ちませんでしたですよ」と私は不貞腐れて、定食のカツを口に入れる。
「十子のそういうところ大好き」と梶先輩に肩を抱き寄せられる。
(あぁ、梶先輩が男性だったら…)と私は涙が溢れそうになる。
「カツを頬張るところとか、ほんと大好き」と先輩はサンドイッチの包装を開けた。
「先輩は…そんなんで…足りるんですか?」とカツと格闘しながら言う。
「あー、うん。なんか、今日は夜に接待があるから…少なめにしておかないと」
「? 今昼なのに? 今食べてもお腹空きますよ」
「十子は若いなぁ」と梶先輩が笑う。
私は少し梶先輩がやつれているように見えた。
「明日は神社だし、今晩、頑張らないと」と言って、サンドイッチを食べた。
「先輩、来週、泊まりに行ってもいいですか?」と少し気になったので、聞いてみる。
「いつでもいいよー。毎日おいで」と言われた。
まさか本当に連日先輩の家に行くことになるとは、この時、私は思ってなかった。
「えー、女子は楽しそうでいいなぁ。中崎くん、僕ん家くる?」と吉永さんが言う。
「遠慮します。枕変わると寝れないので」と言った。
(あれ? 私の家で寝てたような? 寝れなかったのかな?)と思いながら最後のカツを食べる。
痛い視線を感じるので、隣のテーブルを見ると、中崎ファンの女子社員はパスタとかサラダランチを食べていた。稲妻が体を突き抜ける。髪の毛をふわふわさせたりすることが真の女子力とは違うのだ、ということを理解した。
あまりにも隣のテーブルを見て固まっていたので、目が合う。
「えへへ」と引き攣ったような愛想笑いを浮かべてみると、ぷいっと音がしそうな感じで目を逸された。
まだまだお友達になるには遠い距離があるようだった。
「十…小森さん?」と中崎さんに言われて、私は思わず睨んでしまった。
「いやー。嫌われてるよね。小森さんには」と吉永さんが隣で言った。
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