第17話
呪い返し
会社に着くと、吉永さんが体調不良により休んでいると言う連絡が入った。口に入れてたもんなぁ…と多少気の毒になったが、その仇は私が取って見せます。元好きだった人だから、と私はさらに息を巻いた。
(さぁ、来い)と美人パート人妻が出社するのを待った。
パートさんなので、十時に来る。そして十時ジャストに「おはようございます」とやって来た。周りの人たちが挨拶をする。
「…おはようございます」と私は微笑んだ。
「おはようございます」と美しい笑顔を見せてくれる。
どうしてこの人に私は嫌われたのだろう、と悲しくなったが、それは私の責任じゃない、と横に置いて、早速本題を切り出す。
「あの…すみません。一緒にお茶を淹れてもらってもいいですか?」
「お茶くらい一人で…」
「昨日のサブレ…で聞きたい事がありまして、ここで聞いてもいいですか?」と私は声を低くして聞いた。
「あ、子供が作ったから…」と言いながらも、視線を横にずらして、席を立つ。
よしリングに上がったな、と私も立ち上がった。そして例の物を手にして給湯室に向かう。給湯室にはかどにひっそり佇んでいる幽霊の彼女がいた。私がウィンクしたので、彼女はすぐに俯いて肩を震わせた。そんなに酷かっただろうか…。
呆然となっていると、美人人妻が少し苛立った様子で私に聞いた。
「あの何か?」
「その前に…お礼です。どうぞ」と私は塩むすびを手に出す。
「え?」
「どうぞ。私からのお礼です」と言っても受け取らなかった。
自分がしたことを考えると、そりゃ、気持ち悪いだろう、と私は内心思ったが、引かなかった。
「そんな…」
「中に何か入ってると思いますか? 例えば…髪の毛とか…」と言って、じっと美人人妻の顔を見る。
美人なのに残念だ。少しも美しくない。
「まさか…。それは…多分」
「私は入れました」
「え?」
「受け取ってください」ともう一度はっきり言った。
不思議だ。人間は強く出る人に強く言い返すことができないのだろうか。手がスッと上がったので、私はそこに塩むすびを置いた。
「中に入っているのは塩とお米と感謝の気持ちです。昨日、私はサブレをもらって嬉しかったですから」
「え?」
「でもどうして私に? 何かしましたか?」
美人人妻は首を横に振った。
「どうして私に?」ともう一度聞いたが、首を横に振るだけだった。
これ以上、給湯室にいるわけにはいかない、と私は思った。
「サブレ…ありがとうございます」と私は心から言った。
ちょっと吉沢さんは気の毒だったけれど、こんなことをされたのはやっぱり私の生き方、毎日の態度が悪かったんだ、と思えたから。誰とも仲良くできないと思って、打ち解けようともしなくなっていた自分が悪かった。壁を作っていた一人ぼっちの私なら何をしてもいいだろうと思われたのだろう。
「あの、コーヒー淹れるので、お盆を用意してください」と私は美人人妻に言う。
驚いたような顔でこっちを見た。
そして人数分のコーヒーをお盆に乗せた。そして二人でコーヒーを配り、その横に小さな塩むすびもつけた。意外と喜ばれて、私は嬉しかった。きっと美人人妻も、少しはいい気持ちになってくれた…かも知れない。
私だって、みんなに親切にしていなかった。だからいつも一人ぼっちだった。やったことは自分にいいことも悪いことも返ってくる。愛してほしいって、みんなに好かれたいって私は思いながら、誰も愛さなかったし、優しくなかった。
私も変わろう。
今日から。
そしたら少しは生き霊がついてくれるかな。花道を作るほどじゃなくても。
ランチの時間に私は梶先輩に塩むすびを届けた。
「わー。十子のおむすびだ。ありがとー。これとカップ味噌汁で幸せチャージできる」と喜んでくれる。
「よかったです。朝早くから作って…おむすびって意外と重いんですね。今度は先輩の家で作らせてください」と私が言うと嬉しそうだった。
そして二人でおむすびを食べていると、イケメンオーラが近づいてきた。
「あ、俺も食べたいんだけど…」
「あ…ごめんなさい。みんなに配ってしまって…」と言うと本当に残念そうな顔をする。
私は「明日…作ってきましょうか」と言うと、梶先輩が半分割って中崎さんに渡した。
「十子のおむすび、美味しいから」
梶先輩がイケメン過ぎると感動していると、私の手にしているおにぎりにかぶりつかれてしまった。
「あー、もー、先輩にあげます。私、パン買ってきますから」と言って、立ち上がると、「ほんとだ。美味しい」とイケメン二人が笑っていた。
私、ちょっとは好かれたのかな、と思った。
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