第16話

倍返し

 

 家に帰ると、女の子が走り回っていた。


「おかえりー」とお母さんの声がする。


「おかえり…」と私は二人に言った。


「あら、あら、あら、あら…何かあったわね?」と顔を見て、すぐに言われた。


「何かって…」


「…十子はちょっと意識しすぎよ」


「え?」


「そりゃ、そんな特技があると人と違うってなるのは分かるけど…。人に対して、大きな壁を作りすぎてるのよ」


「…でも」


「でもでもだってだって…って自分に言い訳ばっかりするから、良いはけ口になってるんじゃない」


「はけ口?」


「…誰でもいいのよ。十子じゃなくても。自分の心の泥をぶつける人は…。でもぶつけやすい人を探したのよ」


「お母さん?」


「どうする? 返してあげようか?」とお母さんが私を見る。


「あ…でも私じゃなくて…。一旦は受け取ったんだけど…それを違う人が持って行って…」


「なるほど、だから少しで済んでるんだ」とお母さんは言った。


「お母さんは全部、見えてるの?」


「ううん。なんかね。ちょっとピリッとしたのよ。そしたら帰ってきたら、その肩に黒いのちょっとついてるから」


「…ねぇ、どうして私なの?」


「だから、あんたが不幸だって思ってるからじゃない? 自分で。変な体質だから、不幸だって。人と違うから不幸だって」


「…清く正しく生きてるのに?」


「別に清くなくてもさ。自分を喜ばしてあげないと、誰が自分を愛してくれるの? ねぇ?」と横にいる女の子にも言う。


「…お父さんはどうしてお母さんが好きになったんだろう」と私が聞くと、「だってお父さんは全く気にしないもの。幽霊とか信じてないし。信じてないから、ないものはないって思うみたいよ」とお母さんは言う。


「それって、お母さん、寂しくないの? 分かってもらえなくて…」


「いいわよ。別に。分からない人には分からなくて。私はその代わりお父さんの研究なんて全くわからないもの。それでもやっていけてるでしょう? その代わり、お互いのことは理解しようとしてる。お父さんには見えないけど、私が頭痛いって言ったら、ご飯買ってきてくれるし…。そういうのが思いやりでしょ?」


「…うん。私、寂しくて仕方ない」と言うと、すぐ側にいた女の子が寄ってきた。


「だから十子にぶつけたんじゃないの? あなたが幸せで元気だったら…。あ、でもそっか。するかもね。生きてる人間だから」


「私、明日、自分で返す」と言った。


 すると女の子が顔を上げてにっこり笑う。


「あ、そうだ。あなたのお家の範囲がなんとなく分かったの。小学校の名前覚えてる?」と言って、私は昼休みに検索した写真を見せる。


 女の子はじっと見て、頷いた。


「元気になったら、お家に帰ろうねって言ってるの。お母さんに会いたいって、すごく訴えるから…」とお母さんが言う。


「亡くなったことは理解できたの?」


「うーん。まだかなぁ。早くしないと…帰れなくなったりすると困るわよね」と言いながら、女の子の頭を撫でる。


 きっとお母さんはこの子を気に入ってる。私にもそうしてくれたように、優しく撫でていた。


「お父さん、今日は帰ってくるって?」


「あ、そう。十子にすごくイケメンな彼氏ができたからって言ったら、土曜日は帰ってくるって言ってたわよ」


「できてないから。違うから」


「だーかーらー、そういうところ。自分でシャッター下ろして閉店してどうするの? 大売り出しして、頑張んなきゃ…」とお母さんは言うけれど、私は疲れてしまう。


 とりあえずお風呂に入って、ご飯を食べてすぐに寝た。明日は絶対、返してやる、と心に決めた。


 

 朝早起きをして準備をして出かける。倍返しだ、とどこかのドラマの台詞を何度も呟いて電車に乗る。鼻息あらく出社していると、梶先輩が私に声をかけてきた。


「十子ー。昨日会えなくて、疲れたー」


「なんですか? 朝から」


「十子を摂取してないから、ほんとつまらなかった」と頭をくしゃくしゃしようとして、手が止まる。


「どうかしましたか?」


「どうかしたって、どうして、いつものふわふわ髪にしてないの? 引っ詰めてたりして…」


「今日は…忙しくて。戦闘モードなんです」


「荷物も多いし…。何するの?」


「倍返しです」と私が息を荒げていると、後ろから、もう振り向かなくても分かる。


「おはようございます」


 イケメンオーラ全開の中崎さんフューチャリングシスターズだ。


「おはよう。中崎。今日もイケメンだね」と梶先輩は全く気にしない様子で言う。


「おはようございます」と私も言ったが、息が上がっているので、ちょっと切れ切れだった。


「と…小森さん、その荷物…何?」


「これは…倍返しです」


「ん? 倍返し?」


「昨日のチョコサブレの」と私が言うと、「あぁ…。で、何作ったの?」と覗こうとする。


「塩むすびです」


「しおむすび?」と驚いたような顔をする。


「何? 十子、おむすび作ったの? え、食べたいんだけど」


「あ、あとで。お昼にあげますね」


 中崎さんは「塩むすび? それだけ?」と確認してきた。


「後、エトセトラ入ってます」と私は企んでいるような笑顔を見せた。


 ちょっとぞっとした顔をしたのを見て、私はさらに口角を上げた。

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