第12話

下着のサイズ


 顔から火が出そうになる。イケメンと向かい合ってご飯を食べているだけでなく、たった今届いた母からのメッセージは困惑したが、でも伝えなくてはいけない。


「ぜひ泊まっていってくださいってお母さんから。それと…コンビニで…下着を買ったそうですけど、Lでいいですか?」と顔を真っ赤にしながら聞く。


 流石にイケメンもちょっと頰を赤くして「あ…大丈夫かな」と言った。


 お互いに何だか照れてしまって、ピザはすっかり冷めて固くなってしまった。


「もういい?」と中崎さんに聞かれて、私は頷いた。


 後で、部屋でこっそりお菓子でも食べようと決心してお店を出る。シスターズもぞろぞろついてくる。


「小森さんはさ…。いつも幽霊とか見てるの?」


「見てるっていうか…。最近なんです。よく見えるのは」


 見えないようにしていたけれど、最近はやたらと自覚させてくれる幽霊に遭遇する。


「何かあったの? 見える…きっかけとか」


 別に何があったわけではない。思い返しても、よく分からない。強いて言えば、中崎さんのことを周りの女性が囲んでいるのをぼーっと見ていた時に、背後が見えたからだろうか。しかし別に中崎さんのせいでもない。


「分かりません。会社に行くと、いろんな人がいるから…」と自分でもよく分からない言い訳をした。


「なんかさ、小森さんって苦労してるよね」


「え?」


「周りに合わせようとして、一周回って、周りから弾かれてるように見えるけど」


 確かにその通りだ。周りに溶け込もうとゆるふわ女子を演じたものの、結局、距離を置かれてしまった。


「こんな…変な人間だから…かな。私…もっと友達が欲しいです」


「じゃあ、友達になろうよ」と中崎さんに言われる。


 それは本当に嬉しくてありがたい言葉だったが、明日からの会社人生が荒れそうな気がする。


「ありがたいですけど…。中崎さんはみんなの憧れですから。私なんて…近寄ったらいけないんです」


「何? それ」と思わず腕を掴まれて驚いた。


「あ…の」とシスターズが凄い顔で睨んでいる。


「他人軸過ぎるんじゃない? 俺は…友達になりたいと思って言ったんだけど?」と顔を近づけられる。


「友達です、友達。間違いなく友達です」と私は中崎さんとシスターズに向かって言う。


 シスターズたちが納得したのか、しないのかよく分からないが睨むのはやめてくれる。安堵のため息をついたら、中崎さんが固まっていた。


「あの? 友達ですよね?」と確認するようにもう一度、聞いてみる。


「…まぁ、間違いなくね」と中崎さんが腕を離してくれた。


 家まで一悶着があったけれど、なんとか落ち着いて到着した。家の中までシスターズが入って来れないように、母が盛り塩を玄関にしている。


「お邪魔します」と丁寧に挨拶をして家に入ってくれた。


「あら、いらっしゃい」と母は嬉しそうにしている。


 母の横に赤いワンピースの女の子が立っていた。そして母のスカートを握りしめている。どうやら懐かれているらしい。そしてもう一人連れて行かれていたはずなのに、その人はもういなかった。


「お茶入れるわね。お酒の方がいい?」とうきうきした声で中崎さんに聞いている。


「お茶で…」


「十子は先にお風呂に入ってきなさい」と言われたので、私はお風呂に入ることにした。


 湯船に浸かりながら、今日一日の出来事をお湯に溶かしていく。


「友達かぁ…。明日からいじめられないかなぁ…」と声に出して呟く。


 確かに中崎さんが言うように私は他人の目ばかり気にしていた。でも友達が欲しいから、人並みになろうとして、空回りしてるのも分かっている。分かっているけれど、素の私をどれだけの人が好きだと思ってくれるだろうか、と思うと怖い。梶先輩はなぜか可愛がってくれているけれど、友達と言うには畏れおおい。

 お風呂から上がって、私は気がついた。

 すっぴんなことに。

 風呂上がりに化粧なんてしたくないから、すっぴんなんだけれど、これで中崎さんの前に出るとか…そんなことを考えていなかった。でもまぁ、お友達なんだから、いいか、と思って、パジャマのままダイニングに向かう。


「これ、お守り。いい人って…人からも好かれるけど、いろんなものからも好かれちゃったりするから」と母が半紙でくるんだ塩を渡している。


「それで…。小森さんが言ってた女の子は?」と中崎さんが気にしている。


 すぐ隣の椅子に腰掛けて足をぶらぶらさせていると言うのに、全く見えないらしい。


「あら、十子、髪の毛乾かしてきなさいよ」とお母さんが言うけれど、私は話が気になった。


「お母さん…その子と…もう一人の人は?」


「あの人? 用件だけ尋ねたから、帰ってもらったわ」


「帰って…?」


「それより、その帰した人が女の子が付いてきてたのを見てたみたいで…、亡くなった場所が分かったの」と言って、お母さんは携帯のマップアプリを開いて、場所をピン指している。


 その場所で交通事故が起こった記事を探したら、出てきた、と見せてくれた。そこには七歳の女の子が雨の日にトラックに撥ねられたと書かれていた。その記事を読んだ瞬間、私の脳に夢で見た光景がリアルに蘇ってきた。


「あ…」


 激しく雨が降り注いでいる。その中を必死で走ってお母さんを探していた。それは私のお母さんではなく、あの赤いワンピースの女の子の見た風景だったのだ。


「お母さん…に…会いたくて…」


「え?」とお母さんが私を見た。


「お母さんに…会いたくて、あの日…外に出て…。でも来た道を戻ろうとして…」と夢の内容を口に出す。


 目の前の女の子は足をぶらぶらさせながら、私を見た。


「どうして? お母さんを探してたの?」


「…会いたい」


(あぁ、そうだ。霊は自分のことしか言わないんだった。それにこの子は幼すぎる)


 事故の記事には父親の実家から一人で家を出たと書かれている。


「女の子が…いるんですか?」と中崎さんがお母さんに聞いた。


「そうなの。怖がらせたら…ごめんなさいね」と言って、冷蔵庫からジュースを取り出して、コップに注いで、中崎さんの隣に置く。


 女の子が嬉しそうな顔を見せた。


「…」


 中崎さんは隣の席を見たが、何も見えないみたいで、何度も首を横に振る。


「父親の実家から逃げたってことは…無理やり連れて行かれたってことなのかな」と私が呟く。


「そうね。この子のお母さんを探して伝えてあげれたら…。きっとこの子のお母さんも後悔しているはずよ」


 夫婦に一体、何があったのかは分からない。分からないが、突然、父親の実家に連れて行かれて、お母さんに会いたくて、家を飛び出したのだろう。でも住んでいたところが遠いのかもしれない。だから行き先も分からないまま、ずっと漂っていた…。

 たまたま通りかかったシスターズの中にお母さんの年齢の人がいたのだろう。それで中崎さんについて行ったと言うことか。


「しばらくこの子…預かるわ。何かわかるまで」とお母さんが言う。


「預かるって…」


「あら、楽なのよ。ご飯の世話も適当でいいし…。お洗濯とかないしね」と言う。


「あの…成仏させられたりできるんですか?」と中崎さんが聞く。


「成仏…。うん。まぁ、お迎えに来てもらう? みたいな感じよね。この子は子供だからすぐ行けると思うんだけど…。でも残されたお母さんに一目会ってからでもいいんじゃないかしらね?」


「でも僕みたいに見えなくても…それは…分かるんですか?」


「分かるわよ。母親ならね」


 中崎さんは不思議そうな顔をして、お母さんを見ていた。私はその女の子がどんな気持ちで外に出たのか、夢で感じた分、リアルに分かってしまって胸が痛い。ただなぜか今は落ち着いて、ジュースを飲んで嬉しそうにしている。まるで普通の子どもだ。


「あ…そうだ」


 私が後で、こっそりゲームをしながら食べようと思っていたお菓子を部屋から持ってきて、目の前に置いてみる。すると「いいの?」言って、笑顔になった。私が頷くと手を伸ばして食べる。


「美味しい」と言って、すごい勢いで食べるので、「全部食べていいよ」と言った。


「…いるんだ」と中崎さんは私を見て言った。


「あ…」


 見えない人との差をまた感じた。

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