第13話

蛍光灯の下で


 夜中にこっそり私はコンビニ行くことにした。パジャマの下をジーンズに履き替えて、階段を降りる。なぜならゲームをしながら食べようと思っていたお菓子を女の子にあげてしまったからだ。あげたものを後で食べればいいのかもしれないが、なんだか気に入った様子だったので、取り上げにくかった。音を立てないように階段を降りて、私はリビングを抜けようとした時、人影が動いて、思わず、「ひ」と息を飲んだ。

 大きな人影でこんなものを見てしまったら、きっと寿命がもう少ない前触れに来る…あの鎌を手にした…いわゆる死神なのかもしれない、とさえ思う。固まっていると、影が振り向いた。


「小森さん?」


「あ…あ」


 大きな人影は中崎さんだった。


「どうしたの?」

「何してるんですか?」と同時に被る。


「あの…ちょっとコンビニに行こうと思って」と私が言うと、中崎さんも「ちょっとお腹空いて。水飲んで寝ようかなって」と照れたように笑う。


 お互い、晩御飯をしっかり食べれなかったせいで、変な時間に小腹が空いているようだった。


「コンビニ…一緒に行っていい?」と中崎さんに言われたので、私は頷いた。


 中崎さんは兄のスエットを着ていた。兄は北海道の大学で院生をしていて、今はいない。


「ちょっとサイズが小さいですね。ごめんなさい」


 手足が断然長い中崎さんはちょっと可愛い感じに見える。


「変?」


「大丈夫です。その方が(イケメン目当ての生き霊も来ないので)いいと思います」


「そうかな?」と言って、玄関に向かった。


 兄のクロックスを出したが、それもちょっと小さいようだったが、なんとかつっかけて出る。玄関に出待ちをしている生き霊たちは変なスエットを着ているのが中崎さんとは思わないらしく、スルーしていた。髪の毛もお風呂上がりでまとまっていないからかもしれない。私は横目でそっと見て、コンビニに向かって歩く。


「あのさ…夜中に家を出たら、やっぱり見えたりする?」とちょっと怖がっているような声で私に聞く。


「えっと…大丈夫ですよ。居ても見えないでしょうし…見えても言いませんから」と言ったが、まだ不安そうな顔をしていた。


「でも小森さんって…明らか見えたら、変な態度になるし」


「あ…じゃあ頑張って態度に出さないようにしますから」と言った先から、私の目の前を黒猫が横切るので、二人で驚いて「わ」と言った。


「あぁ、猫か。びっくりした。…全くなんでもそう思えてしまって」と中崎さんが言う。


 どうも中崎さんを見ていると、一つ思い当たることがある。


「あの…さっきから思ってたんですけど…。もしかして…怖がり? ですか?」


「いや、怖いでしょ? 普通」


「見えないのに?」


「見えないけど、怖いよ」とちょっと震えている。


「あ、じゃあ…何か欲しいものがあれば私一人で買いますけど」


「今更一人で帰るのも嫌だ」と不貞腐れているので、思わず笑ってしまった。


 丈の短いスエットを着ているから余計に微笑ましく思えてしまう。


「あ、今、笑った?」


「笑ってません」と言いながら私は笑った。


 本当はすぐ横の電柱の影に一人いそうだけれど、私はあえてスルーさせて頂いた。中崎さんを怖がらせないためにも気にしないことにする。


「…本当にいない?」


「変に勘がいいんですね」


「ってことはいるってこと?」


「あ。いません」と嘘をついて、歩く。


 その後を付いてくる中崎さんがきょろきょろ見回しながら歩く。本当は手でも繋いであげたいと思ったけれど、さすがにそれは言い出せなかった。コンビニの灯りが近づいてくる。


「あぁ、蛍光灯の明るさにほっとする」と心から嬉しそうにしている。


「ところで中崎さんは何を買いたかったんですか?」


「ちょっとお腹空いたから…カップラーメンでも」


「あ…じゃあ…この蛍光灯の下で食べて帰りますか? 私も食べたくなってきた…」


「いいね。なんかお腹空いているせいか、怖さが余計に増してて」


 不思議な夜だと思った。私はコンビニで中崎さんと並んでカップラーメンを食べている。彼は超絶イケメンで、大勢の生きてる人にもそうでない人にも囲まれている人気者。そんな彼と並んでカップラーメンを食べる日が来るなんて思いもしなかった。


「なんか…楽しいな。突然、人の家に泊まって、夜中にこうしてコンビニ行って、ラーメン食べて」


「うふふ。私たち、本当に友達になれた気がします」


「本当? じゃあ、十子って呼んでいい?」


「は? ダメです。それは駄目です。(なんで二回目は漢字? と自分で突っ込みつつ)私は自分の命が惜しいので、中崎さんのファンに刺されそうです」


「えぇ? 友達なのに? 苗字でさん付けで呼ぶのもなぁ…」


「まだそこまでの仲じゃないので」


「じゃあ、これからもっと仲良くなれる?」とラーメンを片手に横から顔を覗き込まれる。


 寸足らずのスエットを着ていても、やっぱりイケメンは隠せない。


「もう、十分友達です」と私が言うと、中崎さんは首を少し傾けて、悲しそうな表情かおをわざと作った。


「十子ちゃん…」


 思いがけず優しい声で言われて、私はドキっとしてしまう。


「本当はさ…。お菓子食べたかったんじゃないの?」


「え?」


「あの…僕は見えないけど、あの女の子にあげてたお菓子」


「あ…あぁ。そうなんです。期間限定のポテチなんですけど…、もうどこにも売ってなくて、買いだめしてた最後の一袋…」と力説してしまった。


「なんで食べないの?」


「…あの子も気に入ったみたいで…」


「だから?」


「取り上げるのも…どうかなって」


「そう言うとこ」


「へ?」


 何がそう言うところかさっぱり分からずに、息だけが変に口から漏れた。


「優しいね」と言われて、驚いた。


「でも…中崎さん見えないのに?」


「その子のことは見えないけど、僕は十子ちゃんのこと見えてたから。ものすごく食べたそうにポテチを眺めてて、どうして食べないのかな? って考えてたんだけど。ずっと下唇噛んで我慢してるのものすごくよく分かったから…いい子だなって」


「…一枚くらい貰えばよかったですか?」とあまりにも恥ずかしくなって、変なことを口走ってしまう。


「どうかな。来年もまた季節限定が出ると思うから…その時は俺が買ってあげるよ」


「え?」


「一箱でも、二箱でも」


 自分の部屋にポテチの箱が並ぶことを想像すると思わず、嬉しくなってしまっていたようだった。


「目が笑ってる」と言われて「自分で買います」と慌てて断った。


「じゃあさ。その期間限定のポテチを買ってきたら、十子って呼んでいい?」


「え? 絶対、そんなことないですから。でも…十子は駄目です。いいですか? 中崎さんは幽霊が怖いって言いましたけど、私は生きてる人間の方がよっぽど怖いんです。もちろん幽霊のビジュアルは怖い場合もありますけど。でも亡くなってる人は基本、生きてる人に何もしません」


「え? でも取り憑かれて…とかよく聞くけど」


「それはその人に問題がある場合です」


「…問題?」と中崎さんは不思議そうな顔して聞いた。

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