第11話
母襲来
ファミレスに入るや否や「あらー、十子じゃないのー」とお母さんが声をかけてきた。
(え? こっそり後ろに座る約束では?)と思って驚いていると、勝手にお母さんは挨拶を始めた。
「いつもお世話になっております。十子の母です。あら…私ったら、空気読まずに声かけてしまいました?」と調子がいいことを言う。
「いえ、こちらこそ、お世話になっております。
「透馬さん? 十子と似てるわね」とつっこみにくいことをお母さんは言うので、中崎さんも笑顔でかわしていた。
「ご一緒されますか?」と中崎さんが言うと、「いいえ。お邪魔して悪いわ。っていうか、うちに来てくださいよ。よかったら、今晩泊まってください。こんなところまで来たんですから。シャツも洗濯させていただきますよ」と驚くべきことを言う。
「いえ、そんな…」
「まぁ、そう言わずに。よかったら、十子の幼い頃の写真でも見ながら…」と何を言い出すのか分からないお母さんを追い出したかったが、赤いワンピースの女の子のことが気になってそう言うわけにもいかない。
お母さんの考えがあるのだろうが、私は嫌々仕方なく中崎さんに「ぜひ泊まってください」ときっぱり言った。
「え?」と驚かれる。
「まぁ、とりあえず席にお座りなって」とお母さんが言う。
「…はい」と言って、席に着いた。
お母さんは中崎さんが背を向けた瞬間、鋭い目つきで何かを呟いていた。
「あの…家は…」と席に着くや否や、驚いたように言われた。
それはそうだろう。初対面に近い私にファミレスまで連れてこられて、そしたら親が待っていて、家に来いと言われるのだから…。もう絶対におかしいと思われる。私はお母さんの方を見ると、「じゃあ、先に帰るので。絶対来てくださいね」と言って、手を振った。
お母さんはなんと、赤いワンピースの女の子と、一人のおばさんを連れて店から出て行った。
「家は…ぜひ…来てください」と私は去っていくお母さんと二人を見て言った。
「え? でも…」とごく一般人としては当たり前の反応をする。
「あの…中崎さんはお気づきじゃないと思いますが…、昨日から…赤いワンピースを着た女の子が…」と私は彼女のことだけを話すことにした。
後ろのシスターズのことを話すことは怖すぎてとてもじゃないけど、できなかった。
「僕に憑いてるってこと?」
「いえ、あの…中崎さんっていうか…えっと、なんか、ついついてきたって感じで」と私が言うと、「じゃあ…家に行こうかな。お母さんにも招待されたし」と中崎さんは納得したのか普通にメニューを眺め始めた。
そんなことを言ったら嫌われると思っていたが、特に何かを言われることはなかった。
「あの…ごめんなさい」
「え?」
「騙すような形で…」
「でもそれって君が得すること何一つないよね?」
「あ、まぁ…そうですけど」
「じゃあ、騙すっていう言葉はちょっと違う気がする。それに…そんな話信じてもらえないって思う君の気持ちは分かるし…ね」
(あぁ、やっぱり菩薩様だ)と私は思った。
「それから…ちょっとそうじゃないかって言う気持ちがどこかにあってさ。君が…何もないところを見て固まってるの見たの二、三回じゃないから」
「え? 私、そんなにおかしい様子でしたか?」
「最初はどうして友達がいないんだろうって思って、君を見てた」
それはすごくショックで、私はメニューで思わず顔を隠した。
「ごめん。変な意味じゃなくて、いい人そうなのに、どうしていつも一人でいるのかなって」
「…優しいから…ですよね。普通はそんな…私のことなんて気になりません」と私はメニューを立てたまま言う。
「そしたら…まぁ、時々、変だなって思うようなことしてたから…」
「そうなんですね。…普通の女の子に…見えるよう頑張ってたんですけど…」
「給湯器では頑なに隅っこの方を見ないようにしてお茶を淹れてたりするのも…あれもそうなの?」と聞かれて、メニューを傾けて頷いた。
「そっか。まぁ、それは別として…家に行ったらいいの?」
「それは私も分からなくて。母が何をしようとしているのか、どうなるのかは…」
「お母さんは…見える人なの?」
「はい…。私より…」と言うと、中崎さんは笑いながら私のメニューを取り上げた。
「何食べるか決まった?」
そうして、二人で晩御飯を食べた。とても不思議だったが、シスターズはおとなしかった。
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