第4話
変態おじさん
「ウィスキーロックで」
「おいおい。小森さん、大丈夫?」と吉永さんに言われる。
「大丈夫です。この後、アイス食べるんで」と私は言った。
もうグデングデンに酔いたいのだから、ビールなんて言っていられない。
「今日、うち泊まる?」と梶先輩が心配してくれる。
「やったー」と私はその腕に絡んだ。
もうどうとでもなれ。ふんわり女子とか、今日はもう知らん。運ばれてきたウィスキーを一気に胃に流し込む。空っぽの胃は焼け付くようだった。
突然の飲み会に梶先輩は驚いていた様だったが、みんなで割り勘するので、と私が言うと、渋々頷いた。中崎さんはなぜかついてきた。失恋した相手、大好きな先輩、生き霊と幽霊に囲まれているイケメン。このメンバーでふんわり女子を演じる必要はない。
「何か食べた方がいいよ」と枝豆を差し出してくれるイケメン中崎さん。
私はその顔をじっと見た。初めてかもしれない。いつもは後ろが気になり過ぎて、顔を見たことはなかった。
「枝豆…。イソフラボン。優しい」と私が言うと、「もう酔ってる」と中崎さんに言われて、水まで頼まれてしまった。
中崎さんが生き霊、幽霊に好かれる理由が分かる。誰にでも平等に優しいのだ。私のような変人でも。明日から、私もバックメンバーに仲間入りしようか、と悲しくなってしまう。
「水もらったんで、後二杯ロックで行きます」
「やめなさい」と梶先輩に言われる。
綺麗な切長の目が心配そうにしている。
「大丈夫ですよー。今日は先輩の家に行くんですから。何もしません」と言って、届いた水をがぶ飲みした。
お水でお腹が膨れるので、来て早々、トイレに向かう。
(あー、居酒屋のトイレも出るスポットだなぁ)と思いながら、行くと、案の定、シースルーおじさんがいた。
髪の毛が数本張り付いた綺麗に見える頭皮に油が浮いてるのを見て、突然、気分が悪くなる。
「あー、あれだ。あれ、変態ってやつだ」と呟いて、私は便器に向かって、吐いた。
「ゆーれだからって…調子、こいて…」と二度目のリバースがやってきた。
やっぱり空っぽの胃にアルコールはキツかったらしい。涙までこぼれる。私は目の前で吐いたので、シースルーおじさんが怯えた。
「んじゃ…ねぇよ」とガンを飛ばそうとして、白目を剥いてしまう。
シースルーおじさんは小さくなって、目を逸らした。
「ふん」と鼻を鳴らすけれど、涙が溢れた。
失恋して…やけ酒飲んで、シースルーおじさんの目の前で吐いて…一体、何してるんだろう、と本気で情けなくなる。
「あ…のさ。生きてれば…いいこと…ある…から…さ」とシースルーおじさんが変な慰めかたをしてくる。
「んだと? この変態が」と睨んだ。
するとおじさんが消えた。
「あれ? また消えた」
変態シースルーおじさんからも逃げられた。そしてちゃんと用を足してトイレから出る。すると手洗い場でおじさんが立っていた。
「ほんと、強く…生きて」と言われて、私は頭を振った。
クラクラする。席に戻ろうとしたら、梶先輩の声が聞こえた。
「十子は…あの子だけ…私に懐いてくれて本当に可愛く思ってるんだ」
(う…泣いているのに、そんなの号泣しちゃう)
私はそっと回れ右をして居酒屋から抜け出した。抜け出して、すぐ横の電柱にしゃがみ込んで泣いた。何だか心が弱くなっているから、失恋した時よりも涙が出やすい。いや、失恋したからか…。
「大丈夫?」
またシースルーおじさんかと思って、私は顔を上げて睨んだ。
中崎さんだった。後ろのシスターズもちょっと様子を伺っている様だった。
「え…」
「なんか…ごめん。変なこと言ったし…」
後ろから売店のおばちゃんが出てきて「この人優しいだろ」と言う。そして朝の忙しい時間に偉そうにしているおじさんに怒られているおばちゃんを助けてあげているシーンを私に見せた。
ずっと小さなことで文句を言うおじさんに割って入って「急いでるんで」と辞めさせて、欲しくもなかったチョコレートを買う。
「気にしない方がいいよ」と言っている中崎さん。
おばさんは毎日、辞めたくて、でも生活のことを考えると辞められなかった。そんな時に中崎さんに助けられて本当に嬉しかった、と私に伝える。
そんなことを伝えてくれるおばさんだって優しい。
「みんな…優しい」と私は呟いた。
「え?」と中崎さんが聞き返す。
後ろのシスターズが一様に頷いた。
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